2015.09.05 領土問題

中国の東シナ海支配から日本固有の領土「尖閣諸島」を守る!

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尖閣諸島 ~中国によって狙われる「日本固有の領土」~

最近、尖閣諸島の周辺海域では中国公船が常駐体制をしいて、ほぼ毎日のように日本の領土・領海を脅かしています。

海洋調査船や武装した漁業監視船等を尖閣諸島の周辺海域に送り込んでいるのです。

こうした動きについては、2011年に日本政府が尖閣諸島の一部の島を国有化したことへの反発であるだけでなく、近年、海軍力を拡大させつつある中国の膨張主義政策の一環ではないか、として警戒する見方も存在しています。

このように、今現在も尖閣諸島の領有権をめぐっては、日・中間は緊迫した状況にあるのです。

言い換えれば、中国の一方的な領有権主張により、尖閣諸島の周辺での国民の自由で安全な漁業活動が侵害されており、周辺海域で漁業を営む国民の生命・身体にまで危険が及んでいるという危機的状況なのです。

こうした現状に、わたしたち国民は目を向けなければなりません。

 

「尖閣諸島」が日本の国土となった歴史的経緯

尖閣諸島は、日本の八重山群島(沖縄県)から北西に約175キロ、台湾の北東約195キロに位置し、現在、沖縄県の石垣市登野城に属しています。

魚釣島、久場島、大正島、北小島、南小島、沖の北岩、沖の南岩、飛瀬といった、5つの島と3つの岩礁から構成されており、以前は大正島を除く4島を個人が所有し、政府が借り上げを行っていました。

最近、ニュースでも話題になりましたが、2012年9月にそれまで私有地であった尖閣諸島の3島(魚釣島、北小島、南小島)を政府が購入し、国有化されることになりました。

その尖閣諸島を、日本は100年以上実効支配してきました。1884年ごろから沖縄県在住の実業家である古賀辰四郎氏が、尖閣諸島において漁業などに携わっていました。

古賀氏は島の利用許可を明治政府に申請し、それを受けた政府は1885年に現地調査を始め、清(現在の中国)の支配が及んでいないことを確認し、95年に日本の領土に編入する閣議決定をしました。

そして、1896年には利用申請が認められ、古賀氏は島に移民を送り、かつお節や缶詰の製造工場を作り、その生産を進めてきました。

当時200人ほどの日本人が島に居住し働いていましたが、1940年に閉鎖され現在は無人島となっています。

今でも工場跡や船着き場などの施設が残ったままです。

このように、尖閣諸島は1895年(明治28年)以来、日本の領土(沖縄県の一部)であり、沖縄がアメリカ合衆国の占領下にあった一時期を除いてずっと日本の施政権下にあったのです。

第二次大戦後には、密漁などで台湾からの密入国者はあったものの、その取り締まりを行ったことに対して台湾当局が特に異議を申し立てていない等、 領有権についての主張が公的に申し立てられたことはありませんでした。

政府の許可を受けた個人が尖閣諸島において事業活動を展開したという紛れもない事実が存在し、政府もこの行為を、どの国にも属さない土地を先に支配する国際法上の「先占の法理」に合致するとして、正当に領有権を取得した証拠としています。

さらに、中国側が尖閣をその当時から日本の領土と認識していた証拠も存在しています。

中華民国は1920年、前年に尖閣沖で遭難した中国漁民を救助した日本人に贈った感謝状で、漁民の漂着場所を「沖縄県八重山郡尖閣列島」と明記していますし、1933年に発行した「中華民国新地図」は尖閣を日本に属する形で記載してもいます。

 

中国・台湾が突然領有権を主張!、その引き金は東シナ海の豊富な石油・天然ガス資源の存在

この尖閣諸島に対し、中華民国(台湾)が外交部声明によって領有権を主張したのは1971年6月に、中華人民共和国(中国)は12月に一方的に領有権を主張し、今日まで至ってます。

中国と台湾が尖閣諸島の自分たちの領有権を主張した背景には、東シナ海の海底に眠る豊富な石油・天然ガス資源を手中に入れたいという思惑があります。

1969年の国連の協力で東シナ海一帯の海底調査がなされた際、「東シナ海の大陸棚には、イラクの埋蔵量に匹敵する豊富な石油資源が埋蔵されている可能性がある」と報告されたことがそのきっかけです。

まず、台湾で「尖閣諸島は台湾の付属島嶼」だという声が上がりました。

それを受ける形で、中国政府も、尖閣諸島は中国の一部である台湾省の附属島嶼であるとして、その領有権を主張するといったやや特殊な形で尖閣諸島の領有権を主張し始めました。

「釣魚島などは台湾付属の島嶼であり、台湾と同じく古くから中国の不可分の領土だ」と主張します。

当時の中国は、軍事的実力のない時期に国境線を画定してはならないという考え方のもと、まず日本へ揺さぶりをかけるため、台湾の領有権主張に同調する意思を示していました。

 

日本側の明確な領有権の主張に実力行使で対抗する中国

これらに対しては、日本政府は1895年に「無主の地」であった尖閣諸島を日本領としており、それは国際法上も正当であると主張しています。

『尖閣諸島が日本固有の領土であることは歴史的にも国際法上も明らかであり、現に我が国はこれを有効に支配しています。したがって、尖閣諸島をめぐって解決しなければならない領有権の問題はそもそも存在しません。』というのが日本政府の見解です。

ですが、2008年12月、尖閣諸島への「中国船領海侵犯事件」が発生。そして、2010年9月にはニュースでも話題になった「尖閣諸島中国漁船衝突事件」がおき、それ以降、ほぼ毎月の頻度で、中国側は公船を尖閣周辺海域に派遣したり、領海侵犯を繰り返し、尖閣諸島の日本の支配力を打破するための抵抗を強めてきました。

そういった動きを憂慮した、東京都の石原都知事(当時)は2012年、尖閣諸島を地権者から買い取る旨で基本合意したことを明らかにしました。もちろん、その購入の動機は、日本の支配力を確固たるものにするためのものです。

東京都は購入資金を捻出するために東京都尖閣諸島寄附金を募集し、計14億円超もの巨額の寄附が集まりました。当時の国民世論の盛り上がりをうかがい知るものです。

この東京都による尖閣諸島購入の流れに中国政府は激しく反発しました。

中国の過激な反応を怖れ、政府は中国政府の反発を和らげ「平穏かつ安定的な維持管理」をするためとして国有化をする方針を決め、2012年9月、日本政府は魚釣島など3つの島を地権者から買い取って国有化することとなりました。

ですが中国側の反発は抑えられず、中国政府が強く抗議する事態となり、まるで日本政府を威圧するかのように中国当局の船が尖閣諸島周辺に40回以上も繰り返し領海侵入するようになりました。

 

日本と中国の歴史認識の隔たりが一番の問題点

この尖閣諸島問題において一番の問題点は、日本側が尖閣諸島は国際法上、日本の固有領土として正当に編入したことに対して、中国側は歴史的に見てもそれ以前から中国の領土であったとし、「日本による尖閣諸島領有こそが帝国主義的な侵略行為である」とするなど、双方の歴史理解に大きな隔たりがある点です。

中国漁船が尖閣諸島付近の日本側領海内で平然と密漁を続け、中国側の主張する領有権の既成事実を積み重ねてきた背景には、尖閣諸島はずっと以前から中国領であっという歴史認識があるためです。

前述した日本の海上保安庁の巡視船に中国漁船が衝突し、公務執行妨害の容疑で逮捕されるという事件が起きた際にも、そういった追突行為を中国側が正当化する理由がこの歴史認識の違いにあるのです。

ですから、日本政府が尖閣諸島は日本の固有領土と繰り返し主張して強硬な態度をとればとるほど、中国側の対抗措置が厳しくなっていきます。

 

「言ったもの勝ち」を許すな!中国側の誤った歴史認識に訂正を

日本・中国双方が今以上に感情的になる前に、中国側の尖閣諸島に対する歴史認識をもう一度検証し、その誤りを訂正しても遅くはないはずです。

歴史的根拠がないまま竹島の不法占拠を続ける韓国と同様、実際、中国側は尖閣諸島が中国領であったとするその歴史的根拠を示すことに成功してはいないといえます。

例えば、中国が領有権を主張する根拠として、琉球国(現在の沖縄県)が明や清の冊封を受けていた時、中国の冊封使が琉球国に渡る際に尖閣諸島を航路の目印としており、中国側では早くから尖閣諸島を認識していたとしています。

ですが、外務省の尖閣諸島情勢に関するWebサイト にまとめられているように、中国側の領有権主張の根拠としている歴史的資料には、その根拠とならないものが多いのです。

これらの中国側の提示する資料から言えることは、尖閣諸島は歴史的に一度も中国の領土となった事実がなく、日本政府が「無主の地」として尖閣諸島を先占により領有したことは、国際法上も妥当であったということを示しているのです。

それにもかかわらず、中国側は歴史的に尖閣諸島は中国固有の領土であったとして、当時の日本による尖閣諸島の領土編入を帝国主義的な侵略行為と批判しています。

それこそが、歴史を曲解した領土的野心と言わざるを得ません。

その中国の主張の不当性をこそ強く訴えていくべきです

 

われわれの領土・領海を守るために必要なこと

現在、尖閣諸島や竹島など日本の固有の領土である国境の島々が、他国の実効支配や侵略行為を受けています。

そういった状況が、多くの国民の国境の島々への関心を高める契機となりました。

「日本の島々を返せ」と大きな声で主張することももちろん大切ですが、その島々で日本人が暮らし生活した歴史を知り、その事実を後世に伝えていくことによって、より多くの日本人にこの領土問題の本質が伝わることも重要です。

尖閣諸島の島々には確実に日本人の歴史があり、先人の開拓精神が今も痕跡として残されています。

そうした日本人の財産でもある人間の歴史を大切にしていかなければなりません。

今後も長い月日をかけてでも、忘れずに次の若い世代へと伝えていかなければならないものです。

もちろん、様々な対策を講じて領土の防衛をしなくてはなりません。

平和ボケで隙を与えてしまえば、中国によってなし崩しに実効支配されるはめになるでしょう。

日本人が守るべき国境の島々について、その歴史や領土を守るために日本政府や我々は何をすべきかについて、私たち一人一人が目を背けずに考えなければならないのです。

国民一人一人が立ち上がり解決しなければならないのが、この尖閣諸島をはじめとした領土問題なのです。

 

※ 希望日本研究所 第8研究室

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