2015.06.19 パラオ

親日国パラオを訪れた今上天皇陛下の「平和への思い」に向け日本がやるべき政治・外交など5つの点【まとめ】

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親日国パラオを訪れた今上天皇陛下の思い―

第2次世界大戦では310万人もの日本人が国を守るため命を落としました。
パラオペリリューの戦いは日米両軍にとり戦略的意味がなくなっていたにもかかわらず行われ、日本軍は1万人が玉砕、アメリカ軍も1700人が戦死をしています。

今上天皇陛下の「慰霊の旅」は、この悲劇の戦いを改めて日本国民に知らしめ、平和への強い思いをメッセージとして伝えられました。
国のために命を賭した英霊、その英霊の墓を守ってきた、世界一の親日国といわれるパラオペリリュー島民がいたことをも私たちは知ることができました。

親日国パラオを訪れた今上天皇陛下の思いから今の私たちがやるべき5つ案件とは―

1、今上天皇陛下の平和への強い思い
2、政治のリアリズムの必要性
3、戦争を防止するための強靭な外交の構築
4、「空気」に左右されない日本人の筋肉質の思考
5、空気に飲まれないための古武道の復権

です。

平和を維持するためには、政治のリアリズム、すなわちリスク管理と、戦争を防止するための外交の強化が必要です。幸い日本には優秀な外交官、インテリジェントオフィサー(諜報活動をする者)が存在していました。石光真清や杉原千畝といった人たちです。ここでは石光真清にスポットを当てます。

日本人の弱点として、古典ともなっている「空気の問題」があります。改めて問題提起をするとともに、対策として「古武道の復権」を挙げたいと思います。

それでは記していきますね。

 

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今上天皇陛下の平和への強い思い(1)

 

親日国パラオを訪れた今上天皇陛下の思い―

4月8日~9日、今上天皇陛下が第二次世界大戦の激戦地パラオペリリューへ慰霊の旅に訪れました。
ご旅行は、80歳を超えられた今上天皇陛下が、海上保安庁(国土交通省外局)の巡視船にお泊りされてまで慰霊に赴かれると決意、そこには陛下の強い思いがありました。

パラオペリリューへのご旅行について川島・前侍従長は、戦後70年という節目の年に、是非、慰霊のためにパラオに赴きたいという陛下の強いお気持ちを承り、計画が動き出した、と記しています。

ご出発前に陛下がお言葉を残されています。

終戦の前年には、これらの地域で激しい戦闘が行われ、幾つもの島で日本軍が玉砕しました。この度訪れるペリリュー島もその一つで、この戦いにおいて日本軍は約1万人、米軍は約1700人の戦死者を出しています。太平洋に浮かぶ美しい島々で、このような悲しい歴史があったことを、私どもは決して忘れてはならないと思います

「慰霊の旅」は、今上天皇陛下の強い思いから実現されました。
ご旅行は改めて、戦後70年に際し、今上天皇陛下のなみなみならぬ平和への強い思いが日本国民に伝わるものとなりました。

 

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親日国パラオを訪れた今上天皇陛下の思いと、政治のリアリズム(2)

 

親日国パラオを訪れた今上天皇陛下の思い―

政治はリアリズムと外交を追求しなければなりません。
今の日本を取り巻く環境は予断を許さない切迫した状況になっています。

自民党の平和安全法制パンフでは、北朝鮮は核実験を繰り返し、日本全土を射程に入れたミサイルを配備、中国は急速に軍備を増強しつつ、頻繁に尖閣諸島の日本領海に公船を侵入させている。自衛隊の緊急発進(スクラ ンブル)の回数は10年前の7倍、と記しています。

自民党が示すこの事態を違う、とは言えないと思います。

ジャーナリストの手嶋龍一氏は、その著「賢者の戦略」の中で

朝鮮半島の有事に際して、対馬海峡をアメリカの艦艇が航行中に、北朝鮮から対艦ミサイルの攻撃を受けた際、近くにいる日本の護衛艦が『これはどうやらアメリカ艦艇のほうを狙った攻撃らしい』と手を拱いている事態を考えてみてください。日米安保体制がこれで持つわけがありません

と述べています。

対策として「集団的自衛権」(「平和安全法制の整備」)が浮上しました。

手嶋氏は

集団的自衛権とは、日本と密接な関係にある外国が武力攻撃を受けた場合、日本は直接攻撃を受けていないにもかかわらず、武力を使って攻撃を阻止する権利をいいます。具体的な例でお話ししましょう。尖閣諸島に向けて中国海軍の空母機動隊が上陸の構えを見せている事態を受けて、アメリカ海軍の機動部隊とそれを護衛する日本のイージス艦が現場に急行したと想定します。中国艦艇の艦対艦ミサイルがアメリカの機動部隊に向けて発射された時、日本のイージス艦が同盟国たるアメリカの艦艇を守るためミサイル攻撃でこれを阻止する権利を意味します。日本も個別的自衛権だけでなく、こうした集団的自衛権を持つことは、主権国家として当然の権利です。

しかし戦後一貫して内閣法制局は『個別的自衛権の行使は認められているが、集団的自衛権は、憲法9条で認められた自衛の範囲を超えるものであり、許されない』という独自の解釈を国会で示してきました

と解説しています。

現在も国会では「平和安全法制」についての議論がなされています。
政治は徹底したリアリズム、リスク管理で進めていただきたいと思います。
私たちはこの議論を投票者として見極めていかなければならないと思います。

 

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親日国パラオを訪れた今上天皇陛下の思いと、インテリジェントオフィサー・石光真清(3)

 

親日国パラオを訪れた今上天皇陛下の思い―

「平和安全法制」の大前提として「外交努力」が改めて求められています。
戦争を防止するためには、徹底した外交が必要です。

実は日本は先人に優れた外交官、インテリジェントオフィサー(諜報活動をする者)を持つ国です。
007はイギリスだけではありません。日本にも存在しているのです。

ジャーナリストの手嶋龍一氏はインテリジェントオフィサーの定義を

インテリジェンス活動の王道は、膨大なインフォメーションの海からこれはという『情報の宝石』を選り分け、近未来に何が起こるのかを精緻に予測することにあります。国家に襲いかかる巨大な危機を防いだり、被害を最小限に抑えたりするのがインテリジェンス活動の責務です。国家の指導部を誤りなき判断に導くために選り抜かれたインテリジェンスを提供することが情報機関に課せられた任務なのです

と説明しています。

有名なところでは司馬遼太郎著「坂の上の雲」にも登場、ロシア国内外の革命勢力を扇動し、日露戦争を勝利に導いた明石元二郎です。
明石は日露戦争前にロシアに諜報員として入り、謀略戦を行い、ロシア革命の影の火付け役として働き、日露戦争における日本の勝利を支えた工作員です。

功績が従来、表面化していなかったものの、実は大変優秀なインテリジェントオフィサーだった、という人もいます。

手嶋龍一氏は、石光真清と杉原千畝を挙げています。

第二次世界大戦で6000人のユダヤ人を救った「日本のシンドラー」こと杉原千畝は実は大変優秀なインテリジェントオフィサーだった、というのです。
詳細は、このACTIONなうでスポットを当てていますので、そちらのブログをぜひご覧ください。

 

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明石元二郎(ウィキペディア)

日露戦争に関する情報を軍部へ送り続ける

 

さて石光真清です。
日清・日露戦争時代のインテリジェントオフィサーです。

明治元年(1868年)熊本生まれ、少年時代に西南戦争を体験、上京して陸軍幼年学校に入学、陸軍中尉で日清戦争に参加、その後、ロシア研究、明治32年(1899年)には特別任務でシベリア・ブラゴベシチェンスク、ハルビンに渡り、日露戦争のための諜報活動に従事します。

日露戦争後は東京世田谷の三等郵便局長、大正6年(1917年)ロシア革命の後、再びシベリアに渡り諜報活動に従事、帰国後、夫人の死や負債等で失意の日を送り、昭和17年(1942年)76歳で没しています。

日露戦争前後、日本に押し寄せようとするロシアなどに渡国し、「露探」として歩み、明治陸軍に超一級の情報を送り続けた、とされています。

石光真清の本が出版されています。
本人の手記をもとに長男がしたためたものです。
「城下の人」「曠野の花」「望郷の歌」「誰のために」という四部作です。

父はその頃、熊本細川藩の産物方頭取として全盛の時代であり、藩公から頂戴した御殿跡(現在の熊本市本山町南御殿跡674)に居を構えて、明治の新政を迎えた。鎖国日本三百年の扉は、志士たちの手によって押しひらかれ、錦の御旗が新時代の足音に囲まれて、東進しようとする明治元年8月31日、私は生まれたのである

という書き出しから、この手記は始まります。

子どもの頃、石光は、西南戦争に遭遇します。
西郷隆盛率いる兵士たちは鹿児島で挙兵し、石光の郷里・熊本に進軍、この兵士たちと石光をはじめとした子どもたちが接するシーンが描かれています。

私は三郎と一緒に兵士の間を廻っていると、一人の兵士が、『今にお城から、ここを目掛けて大砲を打ち込んで来るぞ、危ないから早く家に帰れ』と叱るように言った。私たちは長六橋を渡って慶徳堀の堤防に出て見た。そこには薩軍の番兵が、小銃を持って立っていた。(中略)『番兵さん、総大将の西郷さんは、何処におられるのですか。どんな方か、見たいなあ』と訊ねると、『西郷先生は、ここにはおられん。この辺の采配を揮っておられるのは、池上四郎という方じゃ』

牧歌的ともいえる様子で記されていますね。

西南戦争の西郷は、大久保らの維新政府から、日本初のプロパガンダ(広報活動)により、日本国内で悪逆非道の権化として宣伝されることになりますが、自らが経験したリアルな様子は、およそ戦争とはいえないような穏やかなシーンとして描かれています。

本の中では、石光は、渡ったシベリア・ブラゴベシチェンスクで起こった凄まじい光景をさらりと記しています。

ロシアのブラゴベシチェンスクは、黒竜江(アムール川)沿いの街で、対岸は清国が統治する満州・愛琿という街、この両街が対峙、ロシア人がブラゴベシチェンスクにいた清国人3000人の大虐殺をしたのです。日露戦争(1904年~1905年)につながる義和団の乱(1900年)の流れです。

支那街に押し込まれた清国人3000名は黒竜江の河畔に引き出されて惨たらしくも虐殺され、老若男女を問わぬ惨殺死体が筏のように黒竜江の濁流に流されたのである。それは東亜における有史以来最大の虐殺であり、最大の悲劇であった。その翌日、その大虐殺に参加して帰って来た知り合いのロシア人が唇を震わせて語った一切を識して、罪なき3000の怨める霊を慰めることとしよう。この日から大東亜争覇の大仕掛けな血闘史が幕を切って落とされたと言ってよい

こうした虐殺事件含め、当時のロシア・満州を、両国人ばかりではなく、石光のような日本軍部の「露探」、本国で食い詰めた日本人、売春婦などが跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)する騒然たる場所として描いています。

石光は「露探」として1904年(明治37年)に勃発する日露戦争に関する情報を軍部へ送り続けます。

石光のロシア・満州を舞台とした、身を挺した行動や女性との恋愛などの波乱万丈のシーンの数々は、映画007の世界そのものですが、そもそもリアルな・真実の世界であることに私たちは改めて驚かされます。
石光真清のような愛国のインテリジェントオフィサーが日本にはいたのです。

それにしても彼らは人口に膾炙されていません。
戦国期の武将たちに諜報活動などをする忍びが存在しており、彼らが影の存在だったことを考えれば、必然なのかもしれませんが・・・。

切迫する国際情勢の中で、まずは日本の過去のインテリジェントオフィサーを「復権」し、そして新たに養成、外交を強化すべきではないでしょうか。

 

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石光真清

親日国パラオを訪れた今上天皇陛下の思いと、「空気」に抗う筋肉質の思考を(4)

 

親日国パラオを訪れた今上天皇陛下の思い―

私たち日本国民に問われていることがあります。
いまや古典ともなった「空気」の問題への対峙です。

評論家・山本七平著「「空気」の研究」が出版されたのは昭和50年代です。
良く私たちは「あいつは空気を読まないやつだ」といって批判します。「空気を読むこと」が良い時もあるのですが一方、悪い時は国を亡ぼす原因にもなる、と山本七平は主張します。

山本七平は、空気といった奇妙なものが自分たちを拘束、一切の自由を奪い、そのため判断の自由も言論の自由も行動の自由も失って、何かに呪縛されたようになり、時には自分たちを破滅させる決定も行なわせてしまうという奇妙な事実があると指摘、これをいかに考え、いかに対処すべきかを論じました。

大人とはおそらく、対象を相対的に把握することによって、大局をつかんでこうならない人間のことであり、ものごとの解決は、対象の相対化によって、対象から自己を自由にすることだと、知っている人間のことであろう

一言でいえばこれが一神教の世界である。「絶対」といえる対象は一神だけだから、他のすべては徹底的に相対化され、すべては、対立概念で把握しなければ罪なのである。(中略)これでは〝空気〟は発生しえない。発生してもその空気が相対化されてしまう。そして相対化のこの徹底が残すものは、最終的には契約だけということになる

一方われわれの世界は、一言でいえばアニミズムの世界である

日本人は「空気」に支配されてしまう、というのです。

空気に支配されるとどうなるか?

一つの命題、たとえば「公害」という命題を絶対化すれば、自分がその命題に支配されてしまうから、公害問題が解決できなくなる。「差別」という命題を絶対化すれば、自分がその命題に支配されてしまうから、差別という問題を解決できなくなる。これが最もはっきり出てきているのが太平洋戦争で、「敵」という言葉が絶対化されると、その「敵」に支配されて、終始相手にふりまわされているだけで、相手と自分とを自らのうちに対立概念として把握して、相手と自分の双方から自由な位置に立って解決を図るということができなくなって、結局は、一億玉砕という発想になる

としています。

もちろん海外でも空気に翻弄されることはあるが、「神という絶対」があることで、支配や呪縛から逃れることができる、というのです。
一神教のない日本では羅針盤となる絶対がないため、世の中の空気がある方向に向くと国民全員がその方向へ進んでしまう。

だれもが気付いていることですが、自分の中には、善人の部分と悪人の部分が共存しています。
ところが自分以外の人や物事になると、世の風潮で、その人を「善人だけ」(これはいいことかもしれないが)と見てしまったり、「悪人だけ」と切り捨ててしまったりします。

絶対的な羅針盤があれば、「善悪という対立概念」のままとらえ、考えることができる、というのです。「善人だけ」、「悪人だけ」、が絶対となることは神への冒瀆になるからです。

私たちはこの「空気」に呪縛されてはなりません。
どんなテーマでも大人として相対的にとらえる必要があります。

心しなければなりませんね。

 

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親日国パラオを訪れた今上天皇陛下の思いと、空気に飲まれないための古武道の復権(5)

 

親日国パラオを訪れた今上天皇陛下の思い―

山本七平の投げ掛けた、日本人に対する、この古典的な問題に対して、対策はあるのでしょうか?
養老孟司氏は著書「『自分』の壁」の中で以下のように指摘しています。

言葉が動かすことができるのは人の考えだけです。その結果、その人が具体的に動いたときに、はじめて現実が動く。だから現実が厳しくなってきたときに、言葉に誠実すぎる人はまずいことをする。現実よりも、言葉にひきずられるからです。日本が戦争に突入する時期がそうでした。このままだと石油が入ってこなくなる、という厳しい現実があった。そういうときに、現実よりも言葉に引きずられてしまう人がいたので、戦争になってしまった

人間の脳は、つい楽をしようとします。脳が楽をする、とはどういうことか。それは現実を単純化して考えようとする、ということです。『中国人、韓国人には悪い人もいれば、ふつうの人もいるし、いい人もいる』と考えるよりも、『中国人、韓国人は悪い』と単純化したほうが楽です

養老孟司氏は、言葉だけに縛られてはならない、日本には「身体性」があると主張します。

「身体性」、いったい何のことなのでしょうか?

一神教の世界が牽引してきた近代文明は、すべてを「言葉」に基づき世の中を構築してきました。
しかし日本は、言葉だけではなく、言葉にできないようなこと、それを「身体性」といっていますが、大切にしてきた、と養老氏はいうのです。

言葉にできないことがらとは、例えば武道などの技といわれるものです。

みなさんも「間合い」とか「臍下丹田(せいかたんでん)」といった言葉をお聞きしたことがあると思います。

なんだ、言葉になっているじゃないか?とつっこまないでください。

「間合い」、「臍下丹田」といったことは日本の武道の世界で、言葉ではなく修行でしか伝授されてきませんでした。

剣の世界では、「間合い」の取り方が、生死を左右します。

「臍下丹田」は、昔から武士が、人間の中心がそこにあると考えてきた体の場所です。臍と急所の真ん中あたりにあると考えられてきました。

例えば明日、戦場で命を賭けなければならない、そうすると、よほどの人でなければ眠れなくなります。そうした荒ぶる心を静め、眠るようにする、「臍下丹田」を制御できるようにするため、古来、日本の武士道などでは、修行や座禅を繰り返ことをしてきました。

「臍下丹田」の制御は、もちろん言葉で伝えられるものではありません。自らの身体を動かし、繰り返して身につけるものです。

これが「身体性」です。

「身体性」、これは実は難しいことではない、と養老孟司氏はいいます。

『地に足をつけなさい』ということです。昔の大人はよく、『現実をちゃんと見なさい』と言ったものです。少なくとも私はよくそう言われた。世間がきちんとしている時代ならば、世間ときちんと付き合えば、現実を見ていることになったかもしれません。しかし、今は世間自体が怪しくなってきています。昔ほど強固なものではなくなった。そうだとすると、人間が意識的に作らなかったものと向き合うのがいい。大げさなことをする必要はありません。結局は、なるべく自然に接するようにするところから始めればいい

日本にはもともと「身体性」を大切にする風土があった、しかし最近は薄れてきてしまった、しかし古来、日本人は「身体性」を大切にする風土があり、さらに自然を愛で同時に自然の脅威と共生してきた、歴史があります。

これを取り戻すために、まずは自然に接することから始めよ、と養老孟司氏は言うのです。

都会で暮らし始めた私たちは、いつしか自然から離れてしまった、もう一度、自然に戻り、自然に接することが、「空気」に対抗しうる第一歩だ、というのです。

そして武道の「復権」を挙げたいと思います。武道教育の必要性です。
武道とは具体的には剣道、杖道、薙刀、合気道、空手など、古武術を今に伝えているものです。日本人が培ってきた「身体性」が連綿と伝授されてきたからです。

日本人は「空気」に支配されない、筋肉質の思考を持たなければなりません。
まずは自然に帰ること、そして古武道の復権を主張したいと思います。

親日国パラオを訪れた今上天皇陛下の思いから今の私たちがやるべき5つの案件とは―

1、陛下の平和への強い思い
2、政治のリアリズムの必要性
3、戦争に持っていかないための強靭な外交の構築
4、「空気」に左右されない日本人の筋肉質の思考
5、空気に飲まれないための古武道の「復権」

以上の5つの案件が大切だと思います。

みなさんはどう思われますか?

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