2015.06.17 村上春樹

「羊をめぐる冒険」等の村上春樹さんの長編作の比喩について

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「羊をめぐる冒険」、村上春樹が語る小説の力

「羊をめぐる冒険」は「星形の斑紋をもった1頭の羊」の捜索の命を受けた「僕」と「彼女」が札幌に降り立つシュールなミステリー。

「羊男」「羊博士」「鼠」と呼ばれる人物も登場する。

こういったネーミングも村上春樹文学の魅力だが、今回は村上春樹さんの比喩表現「メタファー」について解説する。

 

「羊をめぐる冒険」の「羊」そのものは「悪魔」や「根源的な悪」のメタファーではないかとも言われている。

しかし「羊」が何かということよりも、それに翻弄される主人公の「どうしようもない喪失感」が淡々と悲しく描かれ物語が進んでいくところにむしろ作家のメッセージがあるように感じる。

主人公「僕」の「自意識のゆれ」、つまり「これでいいのだろうか」「僕にはまだよくわからない」のような「揺れ」を共に体験することで、読者も同じように揺さぶられ、想像力が膨らみ、主人公と思考の旅をしていく。

「発見と喪失」の意味を登場人物を介して表現しているというが、読者それぞれ捉え方は違うかもしれない。

村上春樹さんは「小説」の力について、こう語っている。

自分の中にある不思議な部屋の扉が開いた時にそれを見ることができる。

それは人生観すら変えることがある。

そのような経験をさせることができるのが小説の力だ。

(出典元:【世界に誇れる日本人】小説家・村上春樹 ~小説家に必要な資質~より朝日新聞デジタル:「人生観すら変えるのが小説」村上春樹、ハワイ大で語る – おすすめ記事〈文化〉)

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そして、村上春樹さんは小説を書く作業について以下のように伝えている。

僕は小説を書くときは、だいたい朝4時から5時に起きて、コーヒーをいれて、コンピューターのスイッチを入れて、それから文章を書き始めます。自分の中にある言葉を一つ一つすくいだして、文章にしていくわけです。これは孤独な作業です。「1人カキフライ」にすごくよく似てるわけです。小説は、誰に頼まれて書くわけではない。自分が書きたいから書くんです。カキフライだって、自分が食べたいから、誰に頼まれることもなく、自分で揚げるんです。

(2015年11月29日村上春樹氏「文章を書く、孤独な作業は『1人カキフライ』によく似ている」、古川日出男氏「見事にカキフライの話をされてしまって…」)

不思議な国の村上春樹という人

村上春樹さんは、1949(昭和24)年京都府に生れ、兵庫県芦屋市で育った。

早稲田大学文学部に進学し、在学中1974年、東京の国分寺駅近くにジャズ喫茶「ピーターキャット」に開店した。

1975年早稲田大学を卒業、1978年「明治神宮野球場で野球観戦中に、小説家になる」と決めた。

それからジャズ喫茶を経営しながら作品を書き続け、小説家になると決めてから1年後の1979年にデビュー作『風の歌を聴け』を発表し、「群像新人文学賞」を受賞した。

早稲田大学 大隈講堂

写真:早稲田大学大隈講堂 日付:21 November 2014 作者:Arabrity   出典:wikipedia 早稲田大学

 

デビューから34年間で13の長編小説を出版した。

時系列で見てみると。。。

作品名 出版社 出版年月日
風の歌を聴け 講談社 1979年7月25日
1973年のピンボール 講談社 1980年6月20日
羊をめぐる冒険 講談社 1982年10月15日
世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド 新潮社 1985年6月15日
ノルウェイの森 講談社 1987年9月10日
ダンス・ダンス・ダンス 講談社 1988年10月24日
国境の南、太陽の西 講談社 1992年10月12日
ねじまき鳥クロニクル 新潮社
第1部 泥棒かささぎ編 1994年4月12日
第2部 予言する鳥編 1994年4月12日
第3部 鳥刺し男編 1995年8月25日
スプートニクの恋人 講談社 1999年4月20日
海辺のカフカ 新潮社 2002年9月10日
アフターダーク 講談社 2004年9月7日
1Q84 新潮社
BOOK 1 2009年5月30日
BOOK 2 2009年5月30日
BOOK 3 2010年4月16日
色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年 文藝春秋 2013年4月12

 

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村上春樹さんは

「 非常に簡単な言葉で、非常に複雑な物語を語りたい」

(出典:村上春樹の名言集 Neverまとめ 2009年11月25日インタビューから抜粋。伝えるということはこういうところが重要なのかも。)

と言っています。

「わからないけどわかる」みたいなメタファーの使い方も物語の特徴で大きな魅力だ。

物語中の「理解しがたい出来事」がしばしば論議されるが、作者自身のことばを借りるとそれらは「激しい隠喩」での表現であり、いろいろな複雑な魂の深い暗い部分を理解するには、「明るい部分の論理」では説明できないので、物語の中で自然に「非現実的な事象」が起こるという。

知っておきたい村上春樹長編小説のメタファーまとめ

村上春樹長編小説のメタファーをピックアップしてみた。

風の歌を聴け(村上春樹著 講談社)

「完璧な文章などといったものは存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね。」

「もしもし、」と女が言った。それはまるで安定の悪いテーブルに薄いグラスをそっと載せるようなしゃべり方だった。

 

1973年のピンボール(村上春樹著 講談社)

彼らはまるで涸れた井戸に石でも放り込むように僕に向って実に様々な話を語り、そして語り終えると一様に満足して帰っていった。

それは僕に、段ボール箱にぎっしりと詰め込まれた猿の群れを思わせた。僕はそういった猿たちを一匹ずつ箱から取り出しては丁寧に埃を払い、尻をパンと叩いて草原に放してやった。

 

羊をめぐる冒険(村上春樹著 講談社)

一般論をいくら並べても 人はどこにも行けない。俺は今とても個人的な話をしてるんだ。

薬用アルコールで見栄えよく磨き上げられた中古品の空だった。

 

世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド(村上春樹著 新潮社)

ビニール・ラップを何重にもかぶせたようなぼんやりとした色の雲が一分の隙もなく空を覆っていて、そこから間断なく細かい雨が降りつづいていた。

ドラマーが振り下ろそうとしたスティックを宙でとめて一拍置くような暫定的とも言えそうなかんじの一瞬の沈黙があった。

 

ノルウェイの森(村上春樹著 講談社)

窓の沢山ついた大きな建物で、アパートを改造した刑務所かあるいは刑務所を改造したアパートみたいな印象を見るものに与える。

彼女はもう一度サングラスを外してテーブルの上に置き、まるで珍しい動物の入っている檻でものぞきこむような目つきで僕をじっと眺めた。

 

ダンス・ダンス・ダンス(村上春樹著 講談社)

漆喰の壁には老人斑のような宿命的な染みがついていた。いるかホテルだ、と僕は思った。

木の葉の間からこぼれる夏の夕暮れの最後の光のような微笑みだった。

 

国境の南、太陽の西(村上春樹著 講談社)

もし彼女が四十二歳で、子供が三人いて、お尻に二股の尻尾がはえていたとしても、気にもとめなかっただろうと思う。

彼女は気取ったフランス料理店の支配人がアメリカン・エクスプレスのカードを受け取るときのような顔つきで僕のキスを受け入れた。

 

ねじまき鳥クロニクル(村上春樹著 新潮社)

彼はプラットフォームに立って、致命的に遅れている列車を待っている駅員のように見えた。

電話? でも電話はついさっきまで土の中に深く埋められた石みたいに死んでいたのだ。

 

スプートニクの恋人(村上春樹著 講談社)

大きなグラスに氷水をついだ。そのからからという音がすみれの混乱した頭の中で、洞窟に閉じこめられた盗賊のうめき声みたいにうつろに反響した。

「…気の毒なお月さまが、東の空の隅っこに、使い古しの肝臓みたいにぽこっと浮かんでいるような時刻に。…」

 

海辺のカフカ(村上春樹著 新潮社)

声のトーンが硬くこわばっていて、戸棚の奥に忘れられていたパンを連想させる。

彼女はとなりに来て、犬の歯並びを点検するときのような目つきで僕の顔を見る。

 

アフターダーク(村上春樹著 講談社)

そうだな……音楽を深く心に届かせることによって、こちらの身体も物理的にいくらかすっと移動し、それと同時に、聴いてる方の身体も物理的にいくらかすっと移動する。

新聞の広告ちらしやろうが、哲学書やろうが、エッチなグラビアやろうが、一万円札の束やろうが、火にくべるときはみんなただの紙きれでしょ。火の方は『おお、これはカントや』とか『これは読売新聞の夕刊か』とか『ええおっぱいしとるな』とか考えながら燃えてるわけやないよね。

 

1Q84(村上春樹著 新潮社)

「説明しなくてはそれがわからんというのは、つまり、どれだけ説明してもわからんということだ」

悪い予感というのは、良い予感よりずっと高い確率で的中する。

 

色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年(村上春樹著 文藝春秋)

もしそうだとしても、君はとても素敵な、心を惹かれる容器だよ。

悲痛な叫びを含まない静けさはなく、血を地面に流さない赦しはなく、痛切な喪失を通り抜けない受容はない。それが真の調和の根底にあるものなのだ。

 

村上春樹小説のメタファー力

村上春樹さんのメタファーを使った奥行きの深い描写表現に圧倒され、その独特の世界観は「中毒性がある」とまで言われている。

村上春樹さんは、長編小説はその時期がきたら書くという姿勢で、基本的に長編小説の依頼は受けていない。

英国ガーディアン紙から「世界の存命する作家の中で最も偉大な小説家」と称され、イギリスのブックメーカーは毎年のようにノーベル文学賞最有力候補に挙げ、世界中での圧倒的な販売実績は春樹ファンの幅広さを実証している。

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