2015.05.22 パラオ

パラオ旅行記生かした日本の小説、知っていますか?

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パラオ旅行記を生かし、パラオ諸島を舞台にした、といわれる小説があります。
作家・池澤夏樹さんの「マシアス・ギリの失脚」です。

 

南洋の島国ナビダード民主共和国のマシアス・ギリは大統領として政治権力をふるっています。
日本から訪れた慰霊団を乗せたバスが、神隠しに遭い行方不明になってしまいます。
善良な島民たちの噂、おしゃべりな亡霊、妖しい高級娼館、巫女の霊力・・・
そして大きな力が大統領を呑み込んでいきます。

 

谷崎潤一郎賞を受賞した長編です。

小説は何を意味しているのでしょうか?

 

パラオ諸島を通して日本を見る、パラオ諸島を鏡に自分・日本を再認識できるということ、
そして改めて多様な価値観がある、ということではないかと思われます。

 

パラオ諸島らしき架空の島国が舞台、政治家、言霊、経済などが登場、日本を自己認識!?

パラオ旅行記を生かした池澤さんの「マシアス・ギリの失脚」文中から―

日本人のコンサルタント会社の取締役が大統領マシアス・ギリに石油備蓄基地建設を働き掛けます。

 

安全保障。かつてのオイル・ショックの後、日本政府は変動しやすい原油の供給に消費一方の国が対抗する措置は、蓄えた上で有事に備えるしかないと見極めました。それ以来、日本各地に備蓄基地が造られ、今われわれは百八十日分、つまり半年分の原油を備蓄しています

 

島国ナビダード民主共和国へのODAでの設備投資を持ち掛けます。

 

これに対し親日家でもあるマシアス・ギリは―

 

ここをはじめ、いわゆる内南洋の島々は国際連盟の委任統治領から実質的には日本の植民地になり、海軍の基地になり、戦争の際にはずいぶん酷いこともあった。戦後になっても日本政府はほとんど補償らしい補償をしなかった。一番近い大国でありながら、わたしがこれだけ日本語を喋れる日本通でありながら、今一つきみの国を信用しきれない理由は充分にあるのだよ

 

と答えています。

 

小説は架空の島国ですが、国際政治の裏舞台で、いかにもありそうな駆け引きの数々が記されています。

そしてパラオ諸島らしき島国ナビダード民主共和国の植民地時代の歴史、さらには同国を通じて日本の姿を自己認識させられる記述がいくつか出てきます。

パラオジャングル

 

 西欧絶対主義の時代の世界文学とは?パラオ旅行記が先駆け!?

パラオ旅行記を生かした池澤さんの小説が示す、一方の多様な価値観です。

池澤さんは、小説「マシアス・ギリの失脚」を、ポストコロニアリズム文学に位置付けている、と考えられます。

 

ポストコロニアリズム?
いったい何のことでしょうか。

 

第二次世界大戦後、世界の植民地が独立を果たしていきます。
親日国パラオは1994年にアメリカからの独立を成し遂げます。

戦前は欧米の大国が君臨、それ以外の国々はB級の地域でした。

 

ポストコロニアリズムは、文字通りでは、「植民地主義以降」ですが、西欧絶対主義だった価値観を問い直そうという考え方です。

 

文学なんて、といわずに、もう少しおつきあいください。

 

例えばイギリスの作家サマセット・モームは「世界の十大小説」として、次の10作品を挙げています。
・「トム・ジョーンズ」(フィールディング)
・「高慢と偏見」(オースティン)
・「赤と黒」(スタンダール)
・「ゴリオ爺さん」(バルザック)
・「デイヴィッド・コパフィールド」(ディケンズ)
・「ボヴァリー夫人」(フロベール)
・「白鯨」(メルヴィル)
・「嵐が丘」(エミリー・ブロンテ)
・「カラマーゾフの兄弟」(ドストエフスキー)
・「戦争と平和」(トルストイ)

 

みなさんもお読みになったり、どこかで名前を聞かれたことが、あるのではないでしょうか?

 

これに対し池澤さんは

モームが選んだのは18世紀のフィールディングを除いてみんな19世紀のもので、イギリスが4つ、フランスが3つ、ロシアが2つ、アメリカが1つ。そういう時代でした

と説明しています。

 

池澤さんによると、こうした欧米の大国における小説だけが価値のある時代、西欧絶対主義の時代が長く続いていたのですが、戦後、ポストコロニアリズムという言葉に象徴される多様な価値観の時代が訪れた、というのです。

ジャングル

 

 パラオ旅行記など、ポストコロニアリズムの文学とは?

パラオ旅行記を生かした小説を書いた池澤さんは、戦後、世界文学は変わったといいます。

ポイントは、ポストコロニアリズムとフェミニズムの2点だ、といいます。

 

フェミニズムは、女性たちの社会進出に伴って、より普遍的なテーマの小説が出てきた流れですね。

そしてポストコロニアリズムです。

 

池澤さんは、その著「現代世界の十大小説」の中で上記2つのテーマに基づき、「百年の孤独」(ガブリエル・ガルシア=マルケス)から「苦海浄土」(石牟礼道子)まで、独自に選んだ10作品を紹介しています。

 

「現代世界の十大小説」の中で池澤さんは

 

野蛮人という存在はまったくネガティブな価値しか持っていませんでした。いまだ文明に至らざるものが野蛮であり、したがって野蛮人は人間と動物の間に位置すると考えられた。だからこそ、その半分まで動物のような無知な存在に高みから手をさしのべて教化・教育することが文明の側に立つ者のとるべき態度とされたのです

 

ところが20世紀後半になって、結局文明は戦争しかやってこなかったではないかという反省がでてきた。そしてその反省と並行して、野蛮とはそれほど単純ではなく、じつは彼らには彼らなりの知の体系もあるし、思想や技術もあることが、文化人類学者によって伝えられ、それがしだいに常態化していったのです

 

構造人類学を創始したフランスの文化人類学者クロード・レヴィ=ストロースはその著『野生の思考』(1962)で、『野蛮』という言葉の概念を変えてしまいました。そこで彼は、野蛮人と呼ばれている人たちがいかに自分の周辺の自然を系統化し意味づけて生活に有用な知識として持ち、それをひとつの体系として伝えているかを指摘し、それはそれでひとつの科学ではないかと述べました。つまり、野蛮人と呼ばれる人たちの知の体系は野蛮でも未開でもない『野生の思考』であり、それはすべての人間のなかに受け継がれている根源的な知である、というのです。それをレヴィ=ストロースは、膨大な資料に基づく神話分析で証明した

 

欧米の価値観が絶対であった時代が変わり、戦後、欧米絶対主義の価値観から低く見られていた植民地などの思考は、実は新しい知の体系として、見直されるべき存在である、というのです。

 

うーん、難しいですよね。

 

でもみなさん、宮崎駿監督「千と千尋の神隠し」を見た方は、多いのではないでしょうか。
あの映画を思い出してみれば、わかりやすい、と思われます。

 

いろいろな神々、つまり八百万の神々が、湯屋に癒しを求めに訪れる、斬新な映像を基調とした、宮崎アニメの傑作です。
異質、奇異でありながら多様で豊穣ともいえる神々の世界が表現されています。
アメリカハリウッドでも評価され、第75回・2003年、アカデミー賞を受賞しています。

 

キリスト教など一神教の世界でも評価された、ということは、ポストコロニアリズムに象徴される多様な世界が認められる時代だ、ということなのではないでしょうか。

欧米絶対主義の価値観だけではない、パラオ諸島、そして日本にある価値観は、十分価値のあるものだ、それが改めてアニメや小説を通じて認められた、ということなのです。

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 パラオ諸島から日本を見直す、そして多様な価値観の時代に

パラオ旅行記を生かした小説を書いた池澤夏樹さんは、こうした考え方に基づき「マシアス・ギリの失脚」をしたためました。
小説の中で、いきなり大統領マシアス・ギリの相談相手としてリー・ボーという亡霊が現れます。

リー・ボーという亡霊は大統領マシアス・ギリに、次のようなことまでを指摘します。

 

石油備蓄基地などと中途半端なことを言わず、なぜ堂々と海上自衛隊の基地にしないのか、その上でアメリカの役割を肩代わりし、南シナ海と南沙諸島への中国の進出を牽制し、東アジアの盟主とならないかと言いたくてしかたがない。そういう提案によってあなたは誰も知らないマイクロ国家の元首ではなく国際的な政治家になれる。そういう野心、本当にありませんか?

 

リー・ボーは、もともとパラオ諸島にいた実在の人物だそうです。

 

1784年ロンドンを訪れ、数か月後に当地で病死した、大酋長の息子リー・ブーは、ヨーロッパにおいて代表的な『高貴な未開人』として描かれてきた

(須藤直人・立命館大学 教授)
※このリー・ブーがリー・ボーのこと

 

18世紀、航海物の書が人気で、その中でも太平洋・南洋を扱った「パラオ記」(ジョージ・キート、1788年)の中に登場しているそうです。
リー・ブーの物語、パラオ旅行記は、その後も演劇・小説などで書き継がれていったようです。

 

もちろん作家・池澤夏樹さんの「マシアス・ギリの失脚」もそのひとつです。

 

こうした書物は植民地時代の西欧の冒険家たちにとっての道先案内的な位置づけだったのではないでしょうか。

 

しかしいまやポストコロニアリズムの時代、パラオ諸島から見える日本、そして多様な価値観―。

私たちはもう一度、日本 パラオを見直す必要がありそうですね。

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