2015.09.07 文化芸術振興

なぜフランス世界遺産がモテるのか?!

3
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フランス世界遺産のあり方

世界遺産登録の最も多い国ランキングによると、フランスはドイツと共に4位です。

1位がイタリア、2位中国、3位スペイン。

日本は13位です。

 

フランスには、40、000以上の名所と保存地区、39件のユネスコ世界遺産に登録があり(2014年6月時点)、約8、000の美術館や博物館があります。

しかしながら、地域と国が恊働で文化芸術の発展、振興、ブランディングを推し進め最も成功している国はフランスではないでしょうか。

small

モン・サン=ミッシェル Mont Saint-Michel:1979年にユネスコ世界遺産として登録される

現在から900年以上前の1059年、フランスの初代文化大臣アンドレ・マルローがフランスにおける「文化の民主化」を率先して行いました。

それまでは王族や特権階級中心の文化芸術でしたが、一般庶民全てのフランス人が享受できるようになりました。

特に近年70年代より、「文化の民主化」政策に基づいた「公共文化政策」がフランス全土でダイナミックに推し進められました。

フランス文化芸術は普及、発展し、社会奥深く位置づけ揺るぎないものにしました。

こうした流れをくみ、

80年代、ミッテラン大統領は、

文化政策を政府の重点項目としそれまでの文化予算を倍増させ、

国家予算の1%レベルを文化予算に充当を達成させました。

またフランスは「地域にある文化資産」の価値を高めブランド化し事業にすることで、大都市だけでなく地域の文化芸術、観光産業の成功を手にしてきました。

フランス中の文化遺産に付加価値をつけ、ユネスコの世界遺産にどんどん登録することを積極的に行いました。

村や小さな町の地域に根ざした文化芸術活動は、個人主義の国民性を越え、住民の地域に対する誇りや愛着、団結を深めました。

文化芸術のブランド化が地域づくりを進めるにあたり重要な役割を果たしています。

フランスの文化芸術を通した様々な産業の発展は、地域振興に多いに役に立っています。

a1370_000381

ヴェルサイユ宮殿 Château de Versailles:1979年にユネスコ世界遺産として登録される

フランス、ユネスコ世界遺産登録された地域

モン・サン・ミシェルとその湾 – (1979年)

シャルトル大聖堂 – (1979年)

ヴェルサイユの宮殿と庭園 – (1979年)

ヴェズレーの教会と丘 – (1979年)

ヴェゼール渓谷の先史的景観と装飾洞窟群 – (1979年)

フォンテーヌブローの宮殿と庭園 – (1981年)

アミアン大聖堂 – (1981年)

オランジュのローマ劇場とその周辺及び「凱旋門」 – (1981年)

アルルのローマ遺跡とロマネスク様式建造物群 – (1981年)

フォントネーのシトー会修道院 – (1981年)

サラン=レ=バンの大製塩所からアル=ケ=スナンの王立製塩所までの煎熬塩の生産 – (1982年、2009年拡大)

ナンシーのスタニスラス広場、カリエール広場、アリアンス広場 – (1983年)

サン=サヴァン・シュル・ガルタンプ修道院付属教会 – (1983年)

ポン・デュ・ガール(ローマの水道橋) – (1985年)

ストラスブールのグラン・ディル – (1988年)

パリのセーヌ河岸 – (1991年)

ランスのノートルダム大聖堂、サン=レミ旧大修道院、トー宮殿 – (1991年)

ブールジュ大聖堂 – (1992年)

アヴィニョン歴史地区:教皇庁、大司教座総体およびアヴィニョン橋 – (1995年)

ミディ運河 – (1996年)

リヨン歴史地区 – (1998年)

歴史的城塞都市カルカソンヌ – (1997年)

フランスのサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路 – (1999年)

ベルギーとフランスの鐘楼群 – (1999年、2005年拡張)

サン・テミリオン地域 – (1999年)

シュリー・シュル・ロワールとシャロンヌ間のロワール渓谷 – (2000年)

中世市場都市プロヴァン – (2001年)

オーギュスト・ペレによって再建された都市ル・アーヴル – (2005年)

月の港ボルドー – (2007年)

ヴォーバンの防衛施設群 – (2008年)

アルビの司教都市 – (2010年)

コースとセヴェンヌ、地中海の農耕・牧畜の文化的景観 – (2011年)

アルプス山脈周辺の先史時代の杭上住居群 – (2011年)

ノール=パ・ド・カレーの鉱業盆地 – (2012年)

ショーヴェ=ポン・ダルク洞窟とも呼ばれるアルデシュ県ポン・ダルクの装飾洞窟 – (2014年)

ブルゴーニュのブドウ栽培の風土 – (2015年)

シャンパーニュの丘陵群、家屋群、地下貯蔵庫群 – (2015年)

(参考元:フランスの世界遺産/Wikipedia)

ユネスコ世界遺産に登録された地域は観光産業を充実させ、それぞれの地域色豊かな特徴を持たせています。

各国語に翻訳された細かい情報は、ホームページ、トラベルサイト、旅行本やカタログなどで紹介され、国外の観光客が訪問しやすく配慮されています。

その地域にかつて住んでいた芸術家や作家、映画俳優、建築家の建物、郷土料理やローカルワインを絡め、ブランディングし多角的に世界発信を巧みにしています。

モテるには理由があるのですね。

フランスボルドーの世界遺産:サン・テミリオンのワイン

ワイン産業と世界遺産をセットにした事業の成功例として、フランス南西部サン・テミリオンがあげられます。

サン・テミリオンは、ボルドーワインの主要産地として大変名高く、ボルドー左岸の葡萄はカベルネ・ソーヴィニヨン種が主体ですが、右岸のサン・テミリオンはメルロー種、カベルネ・フランを中心に使っています。

ワインの味の違いは、繊細で優美な右岸、豊かでまろやかな左岸とも言われています。

サン・テミリオンのワインの味は5代シャトーと並ぶ位高品質なものもあり、値段も高いですが世界中に多くのファンがいます。

この地域のワインの歴史は古代ローマ帝国時代にまで遡ります。

紀元2世紀に古代ローマ帝国によって葡萄が植えられました。

「サンテミリオンは、表土が粘土質ですぐ下に石灰の分厚い白亜質の層がある。その石灰の分厚い層に雨が降ると、スポンジのように雨を吸収してくれて、ブドウに余分な雨を与えない。でも、ブドウに水が少なくなると、そのスポンジが吸い取っている水をじわじわと出してくれる。この石灰の古い層の中にはミネラル質が根っことしてブドウに元気を与え、健全で非常に上質なブドウを作ることができる。メルロはふくよかな豊かな果実実を与えるのに対して、カベルネフランは繊細で上品で華やかな印象を与える。この二つの品種からできたワインは、後でブレンドされる。このような環境でサンテミリオンワインのバランスの良さ、滑らかな印象というのが出来上がっていく。」(田崎真也)

 

red-red-wine_21290134

Wine

 

サン・テミリオンの町の名の由来は、8世紀に遡り、町の洞窟に隠遁した修行僧、聖エミリオンの名前に因みます。

聖エミリオンの弟子たちによって葡萄栽培とワインの醸造が行われ、盛んに発展しました。

サン・テミリオンは12世紀後半から13世紀には英国領となり、自治組織ジュラードは貨幣をつくることと死刑判決以外の権限をイギリス王より与えられました。

ジュラードは良いワインの樽にはジュラードの焼印を押し、サン・テミリオン産のワインの徹底的な品質管理を実施しました。

その反対に、サン・テミリオンの名に値しない味のワインは町の広場で樽ごと焼き捨てされ、その作り手は棒で叩かれ、罰せられたと言われています。

ワインの品質を守るため管理を徹底することで、名声を高めました。

中世巡礼地の宿場町としてもサン•テミリオンは栄えました。

世界遺産のサンティアゴ・デ・コンポステーラ(スペイン)への巡礼路でもあり、立ち寄った巡礼者たちの間でワインの味が評判となり、サン・テミリオンはワインの醸造地として知られるようになりました。

町は小さいですが、狭い石畳の急坂を登ると丘の上に古い寺院があって、建て込んだ赤い瓦屋根の先に段々畑の葡萄畑の風景が広がります。

小さいシャトーと民家が密集しています。(写真下)

vue de St-Emilion (33), France

サン=テミリオンの町並 by Jack Ma Aug. 30, 2009  (サン=テミリオン地域/Wikipedia)

 

町内にあるモノリス(一枚岩)の教会は、地下の石灰岩をくりぬいてつくられ世界でも珍しい建築です。

 

サン・テミリオンの郷土料理の一つとして「グリヤード」があります。

日本の炭火焼き料理のようなもので、炭火の代わりに、地元の葡萄の枝で火をおこして焼くこの土地自慢スタイルです。

お肉や野菜に葡萄の枝の煙が芳ばしい香りを移し、地元のワインと合わせればテロワールが響き合います。

食やワイン、建築遺産を通してサン・テミリオンの町は、古代ローマ帝国からの歴史の重みとそれを大事にしている現代フランス人の文化の高さを感じます。

 

フランス世界遺産認定を目指す為の資金調達方法

 

フランスの世界遺産や文化財は国と地方公共団体によって運営されているので、事業や管理の為の資金調達やリスクの負担が分散される非常によくできたシステムで運営されています。

「文化開発協定」は1980年代、90年代 に発展し、地域産業に重要な役割を果たしました。

これはコミューン(日本でいう市町村)、事務組合、県が文化省と締結する協定です。

コミューンと文化省が共同で資金を出し合う文化事業を決め、契約をかわします。

地方の経済や文化力を活性化しより専門性を加え、発展させています。

 

フランス文化遺産のための予算枠は、「日本の文化庁予算総額」よりはるかに高い!

フランスの文化省予算総額の内、「文化ミッション」と「研究及び高等教育ミッション」があります。

「文化ミッション」内の「文化遺産プログラム」の予算は11億3370万ユーロで、約1534億円です(1ユーロ=136円)。

(出典:Chiffres clés, statistiques de la culture 2009)

この金額はすでに、日本の文化庁予算総額の約1036億円より超えています。(出典元:平成26年度 文化庁)

日本はこの予算で優秀な人材確保と育成、文化財、文化遺産の保護、保全、文化芸術支援、教育、普及などそれぞれ捻出しなければなりません。

日本の文化支援政策はフランスに100年遅れているなどと言われていますが、乏しい予算なので回らないのが事実でしょう。

フランス世界遺産の町、2つの事例

地域に根ざした文化芸術活動は、住民の地域に対する誇り、愛着を深めるため重要な役割を果たしています。

コミューン側で文化遺産を修復して付加価値をつけたい場合は県は支援し、改修事業をコミューン、県、州、国が負担します。

付加価値支援は、行き方を表示する看板、駐車場、歩行者専用通路の整備、周辺道路・広場の整備、電線の地中化なども徹底して行われます。

歴史的建造物の改修・修復作業は専門の肩書きをもつ人にしか許可されず、国の厳しい管理基準の中で行われます。

フランス世界遺産1:歴史的城壁都市「カルカッソンヌ」

1997年、歴史的城壁都市としてユネスコの世界遺産に登録されました。

フランス国内では、カルカッソンヌはモン・サン=ミシェルに次ぐ来訪者数の観光名所です。

年間300日は強い風が吹き、県内の所々で風力発電所の風車を見られます。

また世界三大珍味の一つトリュフもこの地方で採取されます。

特に有力な産業のないオード県は、文化遺産と文化活動を滞在型の観光客を増やすことが重要です。

そこで、文化遺産の価値を高めるために改修工事を行いました。

文化遺産は「登録」されると費用の3割、文化遺産「指定」されると5割が国の負担になります。

ブランド構築のため、修復作業、絵はがきや本の出版、昔のアクセサリーの復元を積極的に行っています。

フランス世界遺産2:ローマ時代の水道橋「ポン・デュ・ガール(Le Pont du Gard) 」

紀元前19年頃ローマ時代の高い科学技術力によりつくられ、水源ユゼスから南仏ニームまで全長約50kmあります。

その水路の一部がポン・デュ・ガールです。

ガルドン川に幅25メートルにわたって掛かかり、最下層、中層、最上層の3断から成り立ちます。

1985年に水路全体がユネスコの世界遺産に登録され、フランス政府から「フランスの偉大なる景勝地」(Label Grand Site de France)、及び「質の高い観光/質の高い南仏」(Label Qualité Tourisme et qualité sud de France)に指定されました。

フランスは各地方の特色ある文化をうまく発信し、地域に根ざした文化政策が成功をおさめています。

 

日本の地方で行われている文化政策もさらに発展し、地域の文化芸術、教育、観光産業など効果的に行わなければならない。

それには、持続性と長期的にみる視点、人材、徹底したブランディングと資金等が欠かせない。

日本の地方に点在する歴史的価値のあるもの、文化芸術施設がブランド力や発信力をもち、世界中からファンを集め地域経済発展と住民の誇りになることが期待できるからです。

文化芸術振興関連記事

文化芸術振興関連記事をすべて見る