2015.05.01 パラオ

パラオ・ペリリュー島など「緑の島のお墓」に113万人の英霊が眠る!

3
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

第二次世界大戦、パラオペリリュー島の戦いでは、1万人余が戦死、今回の今上陛下の慰霊の旅で、改めて現代の私たちは思い起こすことができました。

玉砕した1万人余の戦死者のうち、同地ではまだ2600人もの遺骨が収容されていない、といわれています。

 

ではこうした国の遺骨収容状況はどうなっているのでしょうか?

先の大戦の戦没者数は310万人、これが国の見解です。

収容が難しい海外の戦没者数は約240万人ですが、

なんとこのうち約113万人の遺骨が収容されていません。

 

国のために海外の戦場で命を懸け散華された方々の遺骨が半分近くも見つかっていないのです。

100万人以上もの遺骨が戦地だった場所で、いまだ眠っているのです。

 

戦後70年の今、先の大戦での英霊に思いをはせるだけではなく、

改めて、海外に眠る戦没者の遺骨収集にも注目をしたいと思います。

 

パラオペリリュー島など、国は34万柱の遺骨を収容

 

第二次世界大戦における海外での戦没者数は240万人。

このうちいまだに113万人もの英霊の遺骨が収容されていません。

 

海没遺骨、相手国の事情で収容が困難な遺骨もあり、

実質的な収容対象は60万人

同数が、まだ未収容とされています。

 

厚生労働省データによると―

 

平成27年3月31日現在

海外戦没者概数
約240万人
収容遺骨概数 約127万柱
未収容遺骨概数 約113万柱
うち[1]海没遺骨 約 30万柱
[2]相手国事情により収容が困難な遺骨 約 23万柱
上記[1]、[2]以外の未収容遺骨(最大) 約 60万柱
  • (注1)遺骨収集帰還事業による収容遺骨数  約34万柱
  • (注2)千鳥ヶ淵戦没者墓苑納骨数     約36万柱

 

遺骨収容について、日本国家は、これまで何もしてこなかったわけではありません。

表にあるように127万柱(人)の遺骨が収容されています。

 

海外戦没者の遺骨は当初、戦後の復員、引揚げで持ち帰られたほか,1950年(昭和25年)、フィリピンでの戦没者の遺骨4822体がアメリカ軍から送還された、とされています。(ウィキペディア)

 

日本は1952年、吉田内閣で「米国管理地域における戦没者の遺骨の送還慰霊等に関する件」を閣議了解、これに基づき,本土外戦没者の遺骨収容等に着手するようになりました。

背景は、1952年4月に発効したサンフランシスコ講和条約・日米安保条約を受け、日本が独立国となったことから、でした。

 

私たちは今、今上陛下のパラオペリリュー島への慰霊の旅を、契機に、こうした実態にも思いを寄せる必要があるのではないでしょうか。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

タグ一覧

パラオ関連記事

パラオ関連記事をすべて見る