2016.05.11 文化芸術振興

タリバン、ビン・ラディンやテロリストによる世界遺産の破壊!:ガンダーラ美術・バーミヤン大仏

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タリバンによってガンダーラ仏教美術の最高峰「バーミヤン大仏」が破壊された

アフガニスタンにあるバーミヤン渓谷は、首都カーブルの北西230kmに位置しバーミヤンの町を中心とするヒンドゥークシュ山脈山中の山岳地帯で、標高2500mほどの高地に位置します。

バーミヤンの町はシルクロード上にあり、古代より東洋、中東、ヨーロッパ文化が交差する十字路として栄えてきました。

古代都市バーミヤンの近郊には、1世紀頃より石窟仏教寺院が造られ始め、わかっているだけでも石窟の数は1000以上にものぼり、バーミヤン渓谷の遺跡は美術的、建築的にガンダーラ文化、ヘレニズム文化、ローマ文化、イラン文化がエキゾチックに融合し、ガンダーラ仏教美術の最高傑作とも言われる優れた遺産です。

バーミヤン渓谷にある石仏像や遺跡群はユネスコの世界遺産文化遺産として2003年に登録されました。

そのような人類の重要な遺産を2001年にタリバンやビン・ラディンによって破壊され、その損害は計り知れません。

今回は紛争やテロにより世界遺産が略奪、破壊されている事実について、バーチミン石仏を例に説明します。

(下記画像(バーチミン石仏):左バーチミン石仏 中央:破壊されているところ 右:破壊後)

バーミヤン大仏と古代遺跡群

バーミヤン渓谷において5世紀から6世紀頃に高さ55m(西大仏)と38m(東大仏)の2体の大仏をはじめとする多くの巨大な石仏像が彫られました。

大きい方の西大仏は男像で阿弥陀如来、小さい方の西大仏は女像で釈迦如来でした。

石窟内にはグプタ朝のインド美術やサーサーン朝のペルシア美術の影響を受けた壁画が描かれ、バーミヤンの仏教文化は繁栄をきわめました。

その栄華は大唐西域記(後の伝奇小説「西遊記」)でも取り上げられています。

今から1400年も前、630年に唐の仏僧「玄奘三蔵(三蔵法師)」がこの地を訪問し「バーミヤン大仏は美しく装飾されて金色に光り輝き、僧院には数千人の僧が居住していた」と書かれてます。

しかしバーミヤンの地は、1990年代後半には北部同盟に属するハザーラ人勢力とパシュトゥーン人のタリバンとの激しい戦闘の最前線となりました。

1998年、タリバンの攻勢の前にバーミヤンの地は陥落し、2001年2月26日にタリバンはイスラムの偶像崇拝禁止の規定に反していると、「偶像破壊による民心の浄化」を理由にバーミヤンの大仏を破壊すると宣言しました。

タリバンのこのような攻撃的な背景にはアルカイダのビン・ラディンの存在と影響があったとされています。

2001年3月にタリバンは、「神は偉大なり(アッラーフ・アクバル)」と唱えながらバーミヤン遺跡の2体の大仏を破壊している映像を中世界中に配信し国際的な非難を浴びました。

その爆破で失われたものは、大仏だけでなく大仏の石窟の天井画も粉々に破壊されました。

天井画には馬車に乗って東から西へと天空を駈ける太陽神ヘリオスが描かれ、左右にはマントを膨らませた風神が配置されていました。

ギリシャ太陽神ヘリオスの姿はイランのミスラ、インドのスーリアなどの影響を受けた壁画で、ギリシャ文明、ゾロアスター教と仏教が芸術的に融合したまさに「シルクロード・東西文明の交流」の象徴でした。

イスラム化の前に大仏はもともと鮮やかに着色されていて、何度か塗り直されていたことが調査で明らかになっています。

もともとは、袈裟の内側は濃い青、外側はピンクで、その後外側がオレンジに塗り替えられ、さらに内側が水色、外側が赤(大日如来)と白(釈迦如来)に塗られました。

このことは11世紀の文献、「赤い仏像」と「月のように白い仏像」について記されたの内容にも一致するそうです。

当初の大仏は鮮やかな色の衣をまとい、遠く離れた場所からも認識できたことでしょう。

シルクロードのシンボルの一つだったのかもしれません。

爆破された大仏の破片はヨーロッパや日本の専門家たちの手により保存されていますが、残念ながらまだ完全な修復の見通しは立っていません。

バーミヤン大仏修復、日本からの大きな支援

大仏は破壊されたまま2003年に危機遺産として世界遺産登録され、「負の遺産」として現在保存されています。

日本政府は2002年春に70万ドル(約7600万円)を拠出してユネスコ日本信託基金を設立し、180万ドル(約2億1千万円)、2011年までにさらに約3億2千万円を拠出し、石窟や石窟内の壁画や、大仏が入っていた大きな石窟の保存、修復、地元政府とバーミヤン観光業の基礎づくりやアフガニスタンの人たちへの教育訓練による雇用創出に充てました。

バーミヤン大仏がタリバンの手で爆破された直後から、当時ユネスコ親善大使であり東京藝術大学学長であった画家、故平山郁夫氏は海外へ流出したアフガニスタンの文化財保護を国際社会に訴え、自らも「流出文化財保護日本委員会」を組織しました。

そして、ブラックマーケットなどを通じて日本に辿り着いた102点のアフガニスタン流出文化財を「文化財難民」として保護・保管活動を始めました。

この流出文化財の中には、「ゼウス神像の左足」、「カーシャパ兄弟の仏礼拝図」など、かつて国立カブール博物館に所蔵されていた国宝級の美術品の他に、破壊されたバーミヤン大仏の壁画や周辺の窟から削り取られた貴重な壁画断片も含まれています。

東京藝術大学による一部保存修復の措置が施され、バーミヤン東大仏の天井画「太陽神と飛天」を原寸大で3次元に復元しされました。

今回アフガニスタン政府に全102点返還されますが、4月より東京国立博物館にて「特別展 『黄金のアフガニスタン~守りぬかれたシルクロードの秘宝~』」にあわせて「東京藝術大学アフガニスタン特別企画展」が開催され、102点の内15点が展示されています。(会期:2016年4月12日〜 6月19日)

タリバン、アルカイダ、ISなどのテロ組織はプロパガンダとして遺跡や世界遺産、文化財を破壊していますが、一方で盗掘した宝を密輸しテロ活動の重要な資金源にしています。

私たちは、世界中にある人類にとっての宝の文化遺産を政治的な悪用や盗掘といった危機や破壊から守り、次世代に継承していかなければなりません。

Taller Buddha in 1963 and in 2008 after destruction 24 October 2009

Taller Buddha in 1963 and in 2008 after destruction 24 October 2009

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