2016.04.01 北朝鮮

執拗な北朝鮮日本人拉致、 その目的は今も続く!

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北朝鮮拉致被害者同士の強制結婚と出産で、実際の被害者の数は増え続けている!

これまでのお話:よど号ハイジャック犯の元妻、八尾恵(敬称略)の告白本「謝罪します」(文藝春秋・2002年)によると、日本には大きな全国的な組織「日本教職員チュチェ思想研究会全国連絡協議会」があり、会員にも日教組に所属する教職員がたくさんいます。

チュチェ思想信望者は、日本国内で北朝鮮金政権のチュチェ思想に基づく様々な活動をし、八尾恵も勧誘され気がつくと北朝鮮工作員になっていました。

(第1話:北朝鮮拉致問題とチュチェ思想 よど号ハイジャック犯の妻・八尾恵の告白本:有本恵子さんを誘拐しました

短期留学と騙されて北朝鮮に渡った八尾恵には徹底した洗脳が行われました。

そのわずか3ヶ月後に、北朝鮮に渡ったよど号ハイジャック犯の男性と強制的に結婚させられ、「代を継いで革命を行う」という金日成の教示通りその後3年で2人の子を出産しました。

(第2話:北朝鮮工作員が日本人女性を拉致したその目的は!?

八尾恵の新たな「日本人拉致」のミッションは、「未婚の若い日本人女性」を狙ったもので1983年ロンドンで始まりました。

そして有本恵子さん(日本政府認定拉致被害者)を北朝鮮の壺、青磁器などの民芸品や朝鮮人参のカタログを見せ商品取引をするので北朝鮮に実際に行って見てきてほしいと依頼しました。

せっかくイギリスで英語を勉強したので、外国をもっとみてみたいという有本さんの願望を刺激し、いろいろな国の市場調査の仕事ができると騙し、他の工作員が北朝鮮に連れて行きました。

1980年、元よど号ハイジャック犯リーダー田宮高麿の妻、森順子と同じくよど号ハイジャック犯の若林 盛亮の妻、若林佐喜子は日本人拉致作戦をすでに実行しており、バルセロナ(スペイン)で出会った当時大学生であった石岡亨さんと松木薫さんを北朝鮮へ連れて行きました。

(第3話:北朝鮮の日本人拉致 〜強制結婚と出産〜

サグラダ・ファミリア(ガウディ)バルセロナ(スペイン)

サグラダ・ファミリア(ガウディ)バルセロナ(スペイン)

こうして北朝鮮チュチェ思想の元に、ヨーロッパで日本人による日本人拉致が次々と実行されていきました。

これは北朝鮮チュチェ思想の教え「代を継いで革命を行う」という思想に基づいているもので「日本に革命」を起こす仲間やその子孫を強制的に増やしていくということです。

北朝鮮での有本恵子さん、石岡亨さん、松木薫さんの行動

八尾恵によると、1983年、北朝鮮に渡った有本恵子さんは、八尾恵と同じように招待所に入れられました。

やはり北朝鮮に入った経緯が不明の水谷協子が教育係りとなり、しばらくして1980年に拉致された石岡亨さん、松木薫さんと会わせられ3人で一緒に住まわせられました。

そしてどちらかの男性と結婚をさせようとしていることを八尾恵は工作員づてに聞いたのが最後で、有本恵子さんの消息はわからなくなりました。

それから8年後。。。

石岡亨さんがおそらく命がけで出した手紙が1988年有本恵子さんの実家に届く

有本恵子さんが北朝鮮にいることは石岡亨さんから1988年9月6日に実家(札幌)に届いた手紙で判明しました。

その手紙はポーランドから送られており、封筒の裏には「石岡より 平壌にて」と書かれていました。

手紙には有本さん・石岡亨さんの写真や住所と松木薫さんの名前などが書かれ、赤ちゃんの写真も添えられていました。

その赤ちゃんは有本恵子さんと石岡亨さんの間にできた子供でした。

ご両親に自分たちの近況と生きていることを伝えたかったのでしょう。

日本政府の要請により北朝鮮側が渋々開示した有本恵子さんと石岡亨さんの情報では、以下のように報告されました。

1985年12月27日、一緒に仕事をしていた石岡亨さんと本人の自由意思で結婚し、翌年娘を生んだ。娘の名はリ・ヨンファ。招待所で幸せな家庭生活を送っていた。
 死亡経緯:1988年11月4日の夜、チャガン(慈江)道ヒチョン(熙川)市内の招待所にて寝ている途中、暖房用の石炭ガス中毒で子どもを含む家族全員が死亡。
 遺骨:家族と共にヒチョン(熙川)市ピョンウォン(平院)洞に葬られたが、1995年8月17日から18日の大洪水による土砂崩れで流出。現在引き続き探しているものの発見に至っていない。

石岡さんからの手紙が届き北朝鮮政府に問い合わせてからわずか2ヶ月後に死亡しています。

よって、死亡したという確たる証拠の要求はしているものの、それ以上は日本政府もなかなか解明できないが現実です。

石岡さんのご両親は、石岡了さんたちが本当に死亡しているとしたら、北朝鮮に住んでいる他の拉致被害者に対して、みせしめのために北朝鮮に殺されたのではないかと推測しています。

松木薫さんについては、北朝鮮側情報では、1996年8月23日に自動車事故で死亡したと報告されています。

北朝鮮日本人拉致被害者の連鎖

拉致問題の根は深いです。騙されて北朝鮮に連れて行かれ洗脳され、そこで生き残るために結婚し出産、そしてまた新たに日本人を拉致し北朝鮮に連れてくる連鎖をつくらされています。

一旦拉致されると革命の同志にさせられ、「日本に革命」を起こすための仲間や子孫を増やすことも重要な責任の一つとなります。

こうして元々の被害者が強制的に新たな加害者になっていきます。

八尾恵も加害者であり被害者です。

拉致被害者の子孫はどうでしょうか。

拉致された日本人の間にできた子供やその子孫たちは、生まれた時から「北朝鮮チュチェ思想」の革命教育を受け、毎日金政権に忠誠を誓います。

よど号犯と家族が毎朝唱えた「日本革命村10の誓い」

拉致被害者とその子供たちは北朝鮮で「組織の秘密を命懸けで守る」ことを誓い、「代を継いで」ということで、子どもの代も革命家になるという洗脳教育を北朝鮮にある日本革命村の学校で受けてきました。

1977年に拉致された横田めぐみさんもその子供もここで教育を受けたと伝えられています。

(参考記事:【北朝鮮拉致問題】東亜日報よる横田めぐみさんは北朝鮮の精神病院で殺害されたという報道、私たちは何をすべきか

八尾恵の子供たちも含め、北朝鮮に逃亡したよど号ハイジャック犯の子供たち20名は北朝鮮で革命教育を受け、成人し日本国籍を要求し、2009年には全員の帰国が完了し現在、国内に住んでいます。

毎年1回は北朝鮮に里帰りし、北朝鮮の経歴をひたすら隠し、日本で選挙に立候補している人もいます。

(参考記事:北朝鮮で主体教育を受けたよど号ハイジャック犯の子孫が日本の選挙に立候補している事実 !

北朝鮮「チュチェ思想」とは金政権を崇拝する異常な宗教思想

「チュチェ思想」は、1950年代に金日成によって確立された朝鮮労働党が支配する独裁的な政治思想でしたが、代が変わる度に時の独裁者により都合よく偏り、公式な宗教思想として整備されました。

1994年の金日成死去以後、金日成は「永遠の主席(最上の指導者で太陽)」と崇拝され、後継者の金正日(キム・ジョンイル)は「金日成主席にならぶ偉大な指導者・民族の太陽」と呼ばれるようになり、「チュチェ思想」は独裁者の宗教思想として発展していきました。

2007年、デイリーNKによる「チュチェ思想」についての報道では「アメリカの宗教情報統計サイト『アドヘレンツ・ドットコム』は主体思想(チュチェ思想)を「宗教」と規定し、その追従者は1900万人(現在は2300万人に修正)を数え、信者数世界第10位の宗教である」と伝えました。

2012年に金正恩(キム・ジョンウン)は自身の恐怖政治を金日成・金正日主義と「チュチェ思想」と結びつけ正当化し、第4回党代表会で以下のように演説しました。

「金日成・金正日主義は、整合性ある思想体系であり、チュチェ(思想)の理論と手法であり、チュチェ時代を代表する偉大で革命的な思想である。金日成・金正日主義に従い、(金日成)主席および(金正日)将軍の思想と方向性を合致させて、我々は党建設と党活動を指揮し、我々の党の革命的な特性を強化し、革命を前進させ建設すべきである。」

そして現在の「チュチェ思想」は、金正恩の都合のいいように発展させたかたちとなり今でも続いています。

このような危険な人物が隣国のリーダーで、日本を内部から「革命」を起こさせようとしている事実を私たちは認識し、危険性を情報として伝えていかなければなりません!

まだ北朝鮮から解放されていない日本人拉致被害者の方々が、1日も早く帰国できることを心から願います。

 

(希望日本研究所 第7研究室)

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