2016.03.16 北朝鮮

北朝鮮工作員が日本人女性を拉致したその目的は!?

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日本人拉致の目的が明らかに!

これまでのお話:よど号ハイジャック犯の元妻で北朝鮮工作員になった八尾恵(敬称略)は、北朝鮮より帰国し2002年に告白本「謝罪します」を出版しました。

八尾恵は本書の中で、北朝鮮の金政権の思想は「代を継いで組織のために革命活動をし続ける」というものだと説明しています。

日本人拉致の生々しい経緯や手段を書き、実行した拉致工作、チュチェ思想での支配、北朝鮮での洗脳、強制結婚などを告白。

なぜ普通の日本人が北朝鮮工作員になってしまったのか?

今まで封印されていた事実が明らかに!

第1話▶︎北朝鮮拉致問題とチュチェ思想よど号ハイジャック犯の妻・八尾恵の告白本:有本恵子さんを誘拐しました

チュチェ思想研究会の会員は若い世代ばかり

八尾恵が北朝鮮の「チュチェ思想」に染まり北朝鮮工作員となっていったのは、身近なきっかけからでした。

1976年、当時学生で20歳の八尾恵は長兄からビラを見せられ「面白そうだから映画に行かないか」と誘われて観に行きました。

それは八尾恵の長兄の親友で在日朝鮮人Sが勧めていた「朝鮮映画を観る会」主催の「北朝鮮映画上映会」で当時三宮駅前(神戸市)にあった大きな新聞会館(現神戸新聞会館)で上映されていたそうです。

会場で氏名、住所、電話番号などを記入する用紙があり書き込むことになっていたので何も考えずに書き、その1週間後に「会って映画の感想を聞かしてほしい」と女性Tから電話がありました。

特に打ち込むものがなかった八尾恵はその女性Tに会い、北朝鮮の「地上の楽園」としてのイメージが気に入り、Tが作ったサークル「日本青年チュチェ思想研究会」に誘われ入会しました。

週1回行われたミーティングの会員は6〜7人で、20代の支部長が塾の講師をしていたので、塾内で勧誘されてきた高校生男子がほとんどだったそうです。

会では金日成の著作から北朝鮮のチュチェ思想、革命エピソードや政策について勉強しました。

そして度々、北朝鮮の映画鑑賞会が開かれたので八尾恵は会員を集めを手伝い、北朝鮮の実態も知らずに学校でクラスメートを勧誘し北朝鮮の宣伝活動を始めていました。

北朝鮮工作員による無料短期留学への誘い

北朝鮮での3ヶ月間の渡航費・滞在費は無料になるという好条件を聞かされた八尾恵は、女性Tやその周りの人たちが北朝鮮工作員とは知らずに、社会主義の勉強をしようと短期留学を決意します。

八尾恵はこれまでのぬるま湯につかった人生を自分が納得できる人生に、人の役に立てる人生に変えることができると思いました。

3ヶ月で帰国できると思っていた八尾恵は、大阪に借りていたアパートはそのままにし、学校には休学届をだし、1977年2月、北朝鮮に出発しました。

八尾恵のように北朝鮮工作員に取り込まれたり日本人は、短期で北朝鮮に滞在し勉強するつもりでした。

北朝鮮工作員によるこの留学の誘いは学習のために北朝鮮に招待されたのではなく、実際は、北朝鮮に逃亡したよど号ハイジャック犯の男性と強制的に結婚させるために連れて行かれました。

(参考記事:【北朝鮮、危険なテロ国家と今も続くよど号事件!】

伊丹空港より香港→マカオまで一人で行き、マカオでよど号グループの指導員と北朝鮮大使館員と落ち合いました。

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人口密度の高いマカオ半島中央部の美的路主教街。 Date: 22 August, 2015 Author:Sakaori

マカオから北京に向かうバスの中で簡単な入国審査があり、指導員があらかじめ用意していた北朝鮮のパスポートを使い北京に入りました。

北京→平壌というルートで入国した八尾恵は、学生寮に入るのかと期待していましたが、北朝鮮で用意されたのは「招待所」と呼ばれる大理石の玄関がある立派な一軒家で指導員ととも住み、神格化された金日成を敬う生活が始まりました。

金日成教示「代を継いで革命を行う」という思想:日本人女性が拉致される理由

招待所では毎日、社会主義の教育のための映画や歌劇、政治思想、革命についての勉強を通してマインド・コントロールが計画的に行われ、朝鮮語も学び始めました。

北朝鮮に渡り1ヶ月も経たない間に金日成主義に洗脳され、「革命に立ち上がらなければならない」と信じるようになったそうです。

「革命はまず同志を増やすことから始まる」と「結婚」「出産」を勧められ、渡航してからわずか3ヶ月後の5月には、見ず知らずの男性、よど号ハイジャック犯・柴田泰弘と強制的に結婚させられました。

そして渡航した翌年1978年11月には長女を出産(八尾恵当時23歳)し、2年後の1980年6月に次女を出産しました。

親子4人の居住は、他のよど号グループのメンバーや他の拉致被害者でもあるよど号妻とともに平壌郊外の「日本革命村」で、そこでコミュニティ生活をしました。

閉塞的な環境で何かに付けて暴力を働く柴田のDVに悩まされながら、それから逃れるように海外出張の許される「革命」という仕事に打ち込んでいく八尾恵。

そして1983年八尾恵はロンドンで若い女性を獲得し、北朝鮮に連行するという任務を与えられました。

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Harrods (London) Date: 1 June 2009 Author: Diliff

それは金日成が教示した「代を継いで革命を行う」という思想に基づき、拉致した日本人男性の結婚相手になる日本人女性を拉致してくるミッションでした。

そしてロンドンで出会ったのが日本政府認定拉致被害者の一人である有本恵子さんでした。

八尾恵と工作員が行った日本人拉致、その手口と結末は!?

 

 

第3話に続く

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【北朝鮮の日本人拉致 〜強制結婚と出産〜】

八尾恵に与えられた次の任務の目的は、「拉致した日本人男性の結婚相手になる日本人女性を拉致してくるミッション」でした。これは金日成政権のチュチェ思想「代を継いで革命を行う」という教えに基づいているものでした。。。

 

 

 

(希望日本研究所 第7研究室)

 

 

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