2016.03.03 歴史に学ぶシリーズ

中国共産党を悩ませる「二次元戸籍」の弊害と「農民工」の存在

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労働力は使い捨て!?拡大する経済格差と「農民工」の不満

中国における王朝交代の歴史、それはすなわち農民による反乱の歴史ともいえる。

王朝末期になると官僚らによる不正が横行し、大飢饉や干ばつなどで苦しい生活を強いられた農民たちから理不尽な搾取を行うなどして、私腹を肥やす役人が全国に蔓延するようになる。

このような圧制に不満を爆発させた農民たちが反乱を引き起こし、国を滅亡させる原動力となる。

こうしたパターンを何千年も繰り返してきたのが中国の歴史である。

代表的な農民による反乱としては、

  • 秦を滅ぼした陳勝・呉広の乱
  • 新を滅ぼした赤眉の乱
  • 後漢を滅ぼした黄巾の乱
  • 唐を滅ぼした黄巣の乱
  • 元を滅ぼした紅巾の乱
  • 明を滅ぼした李自成の乱
  • 清時代に起こった白蓮教徒の乱と太平天国の乱

などが挙げられる。

 

歴史上、これほど多くの農民反乱が起きた国は中国の他にはない。

日本においても加賀の一向一揆や、島原の乱といった農民による反乱が起きているが、中国のそれはまさに国を滅ぼすほどの反乱であり、規模も影響力も比較にならないほど大きいものであった。

 

そして、現在の中国において最も農民反乱を引き起こす危険性をはらんでいるのが、「農民工」の存在である。

日本人にはあまり馴染みのないこの「農民工」とはどういう意味か?

中国の憲法では、一応「法の下の平等」が規定されてはいるものの、実際には全人民を「農村戸籍」と「都市戸籍」とに分ける二元的な戸籍制度で管理されている。

中国の戸籍簿(Author_Atlaslin)

中華人民共和国居民戸口簿

 

中国特有のこの戸籍制度は、もともと都市部に住む住民の食糧供給を安定させ、社会福祉を充実させるために1950年代後半に導入されたものであり、これにより中国では農村部から都市部への人々の移動が厳しく制限されていた。

しかし、1978年に鄧小平が主導した改革開放路線への転向以降、この規制が緩和され「暫住証」を発行することで、都市戸籍を持たない農民の一時的な都市部への居住が認められるようになったのだ。

 

改革開放とは、毛沢東の大躍進政策の失敗と文化大革命により壊滅的なダメージを受けていた経済を立て直すために、社会主義体制を維持しながらも市場経済を取り入れていこうとする試みである。

この政策により、沿岸都市部には「経済特区」や「経済技術開発区」が設けられ、政府による税制面での優遇措置が取られたこともあり外国企業の投資が集中。

中国の工業はこうした沿岸都市部を中心として驚異的な発展を遂げたが、一方で経済の急成長は深刻な労働者不足を招いた。

そこで不足した人員を補うために、都市部での就労を臨時的に許可された農村出身の出稼ぎ労働者が「農民工」なのである。

「世界の工場」といわれる現代中国は、無限に供給される安価な労働力としての「農民工」の存在なくしては成り立たず、彼らこそが世界を席巻したメイド・イン・チャイナの担い手だったのだ。

 

それにもかかわらず、その待遇は同じ都市部に居住する「都市戸籍」所有者とは雲泥の差があり、「農民工」は都市部でどれだけ長い間働いたとしても、戸籍は出身地の農村に置かれたままで、ほとんどの場合「都市戸籍」を取ることはできず、「二流市民」としてさまざまな差別を受けてきた。

中国の戸籍制度においては、「農村戸籍」の者が出身地の農村を離れると、医療、住宅、教育などの公共サービスを受けられなくなるため、仕事面でも就業できるのは工場や建設業など不安定なものに限定される上、社会保障の面でも大きな格差が存在するのだ。

 

また、中国の経済成長を支えた「農民工」の都市部への流入は、新たな「三農問題」という問題を引き起こした。

「三農問題」とは、「農業」の立ち遅れ・低生産性、「農村」の疲弊・荒廃、「農民」の貧困化という問題の総称である。

農村-2

荒廃した農村

つまり、都市部へ職を求めて移転する農民が増えれば増えるほど、反対に農業に従事する農民の数は減少し、人手の足りない農地の荒廃を招く結果となったのだ。

これにより都市部と農村部との経済格差はますます拡大していった。

さらに、都市部近郊の農村では急激な都市開発が進み、地方政府が農地を強制収用したことで、農民たちが生きるために最低限必要な土地すらも奪われるという社会問題も発生している。

 

中国の人口は13億人といわれているが、そのうち都市戸籍を持つのは4億人で、農村戸籍を持つのが9億人。

農民の方が数の上では圧倒的に多いにもかかわらず、圧倒的に貧しいのだ。

一部の特権階級に属する者のみに富が集中し、貧しい農民たちはタダ同然の労働力として搾取される。

これもまた中国の長い歴史の中で何度も繰り返されてきたことである。

事実、現在の中国は富の偏在により、人口のわずか1割ほどにあたる富裕層が全国の総資産の64%を独占しているという極端に経済不均衡な状態にあるのだ。

このままの状態が続けば不満を爆発させた農民らによって反乱が起こり、新たな「易姓革命」によって体制が崩壊するという過去のパターンに陥らないとも限らない。

 

その危険性を回避するために、農民たちの不満のはけ口として利用されたのが反日デモである。

謙虚さを美徳とする日本人は、中国人の目には「内向きで物言わぬ存在」として映っており、まさに絶好のスケープゴートとして困ったときには日本を叩くというのが中国の常套手段となってきた。

もともと中国人の気質は「熱しやすく冷めやすい」ため、一時的にデモを容認することは適度なガス抜きとなり、過去に反日デモの標的として槍玉に挙げられた「尖閣諸島国有化」も、農民たちの鬱積した不満が中央政府に向かないための目くらましだったとも言える。

 

中国が抱える問題はあまりに根深くスケールも大きい。

複雑になりすぎたその歪みを正すことはもはや不可能とも思われる。

それゆえ歴史問題などを口実とした中国による反日プロパガンダは今後も止むことはないだろう。

 

中国における反日教育をエスカレートさせるきっかけとなった「天安門事件」とは?

→次ページに続く

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