2016.03.01 歴史に学ぶシリーズ

「中国4000年の歴史」はまやかし!?繰り返される断絶の歴史「易姓革命」とは?

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一貫した歴史の連続性を断ち切る「易姓革命」とは?

「中国4000年の歴史」

世界四大文明の一つ、黄河文明を始まりとする中国の長い歴史を表すときによく使われるフレーズである。

中国(Author_Nat)

 

しかし、実際にはその歴史は王朝が交代するたびに、前の王朝を徹底的に否定・破壊したため、そこに一貫した連続性はない。

中国4000年の歴史、それはすなわち異民族同士が覇権をめぐり、血で血を洗う抗争と断絶を繰り返した歴史なのだ。

そして中国の歴史を語る上で、切っても切り離せない言葉が「易姓革命」である。

 

「易姓革命」とは、儒教の政治思想の基本概念の一つであり、「易姓」とは、ある姓の天子を廃して別の姓の者がその地位につくこと、「革命」とは、天命が革(あらた)まることを意味する。

つまり、天下を治めるのはその時代に最も徳がある人物がふさわしく、徳がない者は打ち倒すべきとする思想なのである。

 

そもそも「易姓革命」は、中国最初の王朝である殷の紂王が暴虐の限りを尽くしたことにより、天や民から見放されて周の武王によって滅ぼされたのがその始まりとされており、これ以降、中国の長い歴史の中で繰り返されてきた王朝の交代をこのように呼ぶようになった。

王朝が代わるとき、ほとんどの場合は史書編纂などで前王朝と末代皇帝の不徳と悪行をあげつらうなどして徹底的に否定する一方、新王朝こそが歴代王朝の正統な後継であることを強調することが多い。

そうすることで武力によって国を滅ぼし、天子の座を簒奪することを正当化してきたのだ。

 

そして、「易姓革命」では血みどろの抗争が繰り広げられるため、多くの場合において歴史を断ち切るべく大量殺戮が行われた。

前王朝の王族関係者はもちろんのこと、何の罪もない一般市民までが数百万人単位で無慈悲に殺害されてきたのだ。

例えば、少数派の異民族であった満州族によって建国された清は、前王朝である明の残党を揚州で打ち破った際、「屠城(とじょう)」というすさまじい殺戮を行っている。

「屠城」とは、「城内のすべての人間を皆殺しにする」という意味で、文字通り城壁で囲まれた街の市民全員が殺戮された。

日本でも戦国時代には「籠城」という手法がとられたが、この場合に城に籠るのは武士のみであり、もし仮に城が落ちて城内の人間がすべて殺されたとしても城下町の一般市民までが殺害されることはなく、この点において「屠城」とは大きく異なっている。

なお、揚州での大量虐殺の様子は奇跡的に生き残った王秀楚という人物によって『揚州十日記』に記録が残されている。

これによれば、揚州を陥落させた清により大規模な略奪と殺戮が行われ、10日間で80万人以上もの人々が殺害されたという。

数十名の女たちは牛か羊のように駆り立てられて、少しでも進まぬとただちに殴られ、あるいはその場で斬殺された。

道路のあちこちに幼児が捨てられていた。

子供たちの小さな体が馬の蹄に蹴飛ばされ、人の足に踏まれて、内臓は泥に塗れていた。

途中の溝や池には屍骸がうず高く積み上げられ、手と足が重なり合っていた。

『揚州十日記』より

 

独裁者というものは時として恐ろしく残虐になるが、世界を見回してみても中国皇帝の残虐さは頭一つ抜き出ている。

しかも一人の暴君の話ではない。

我われ日本人の理解をはるかに超える残虐さをもって国を統治した皇帝が何人も存在しているのだ。

 

一体なぜ中国皇帝はそれほどまでに残虐になれるのか?

 

そもそも初めて「皇帝」という称号を自らに冠したのは秦の始皇帝。

始皇帝

始皇帝

「皇」とは祖先神や上帝の美称であり、「帝」とは上帝すなわち最高神のことである。

このような称号を選んだ始皇帝の意識の中には、古代中国の神話伝説時代の8人の帝王(三皇五帝)より、自分の方が功と徳において勝っているという自負があったのであろう。

始皇帝以降、中国を統治するものはみな「皇帝」を名乗ることになるが、皇帝とは単なる王や君主とは異なり、帝国の唯一無二の存在、いわば神なのである。

徳によって国を治める神なのだ。

 

一方、ヨーロッパ諸国における皇帝とはいかなる存在なのか?

自らを神と称したローマ皇帝のような例外を除き、すべての統治者の上には「神」という絶対的な存在があり、皇帝や王は神から統治を任された者に過ぎない。

「神の法」こそが絶対であり、ここから「法治」という考え方が生まれ、現在に至るまでその伝統は受け継がれている。

 

しかし、中国は皇帝がその徳をもって国を治める「徳治」が伝統であり、永遠不変である神が存在しないことから善悪の判断などの絶対的な基準はなく、皇帝個人の資質によるところが大きい。

そのため、聖君であれば良いが、そうでない場合は皇帝の暴走は歯止めが利かず、際限ない残虐性を止める術はないのだ。

これこそが、歴史上、他に類を見ないほど数多くの残虐非道な皇帝を輩出している原因の一つと言えるだろう。

 

そして現在の中国といえば中国共産党が権力を独占する中央集権国家。

皇帝はいないため王朝ではないが、前政権である中華民国との内戦の結果これを打ち破り、皇帝による専制政治に代わり共産党による一党独裁体制を樹立したのは現代版の「易姓革命」といえる。

 

歴史は繰り返されるのか?

 

中国共産党はふたたび「易姓革命」が起こるのを恐れ、日本を悪者に仕立て上げるべく南京大虐殺という虚構をことさらに騒ぎ立て反日プロパガンダに利用しているが、すでに国内では体制を崩壊に導きかねない事態が進行しており・・・・

 

 

→現在の中国が抱える大いなる内憂については次ページに続く

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