2016.01.26 領土問題

「尖閣諸島は歴史的にも台湾領」と主張する台湾の真の意図は?

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「尖閣諸島は台湾領」総統選に勝利した蔡英文氏が明言!

台湾総統選で勝利した民進党の蔡英文氏は、日本の沖縄県に属する尖閣諸島が、改めて台湾領であると主張したと新聞や各メディアが報じています。

記者団から問われた蔡氏は、「釣魚台(尖閣諸島の台湾名)は、台湾に属しています」とし、「ただし、日本との関係はとても重要。なぜなら、主権論争が2国の関係に影響を与えてほしくはないからです。領有権の問題は存在するが、日本との強力な関係はこのまま続きます。これには、経済や、安全保障、文化、その他の交流が含まれ、協力を続けます」と述べました。

親日的として知られる台湾ですが、尖閣諸島の問題に関しては日本との対立姿勢を強めています。

こうした背景には、どういった事情があるのでしょうか。

今回は、台湾と日本との間での、尖閣諸島領有にかかる問題の経緯と現状について見ていきたいと思います。

 

中国より早かった台湾の尖閣諸島領有の主張

台湾が最初に尖閣諸島の領有権を公式に表明したのは1971年の6月で、実は、同じ年に領有権の主張をし始めた中国よりも半年早いのです。

台湾が主張を始めた理由は、尖閣周辺の海洋資源です。

特に、漁業資源に強い関心があり、米軍統治下であった当時から、台湾漁船が尖閣周辺海域で不法に操業していました。

さらに、1968年に国連極東経済委員会が石油資源埋蔵の可能性を指摘した後は、その海底に眠る石油資源にも関心を持っていたのです。

台湾側の主張としては、元々尖閣諸島は台湾の付属島嶼であり、日清戦争の講和条約である1895年の下関条約によって、台湾と共にに日本に割譲されたと主張しています。

つまり、カイロ宣言(1943年)やポツダム宣言(1945年)、そして、サンフランシスコ講和条約(1952年)によって、日本は台湾及び澎湖諸島の領有権を放棄したのだから、尖閣諸島も一緒に返還すべきだ、というのです。

しかし、日本が尖閣諸島を領土に編入したのは1895年1月の閣議においてであり、そもそも下関条約とは関係がないものです。

 

さらに、当時の中華民国の政府文書でも「尖閣諸島」と日本名が記載され、「釣魚台」という中国での名称が使われていないことが明らかになっています。

つまり、台湾(中華民国)は尖閣諸島を沖縄(南西諸島)の一部と認識していたのです。

尖閣諸島が「歴史的に台湾の付属島嶼である」とする台湾側の主張には、根拠がないと言わざるを得ません。

要は、尖閣諸島周辺の海域での漁業・石油資源を確保するために、台湾の付属島嶼という主張に変更したというのが、本当のところでしょう。

 

台湾の尖閣諸島での関心事は漁業権がメイン

その後、台湾の漁船団が尖閣周辺の領海に侵入し、不法に操業するという事件が行われてきました。

また、2005年には台湾漁船の操業に対する日本側の取り締まりに抗議するため、漁船数十隻が尖閣周辺海域に接近するといった事件もありました。

そして、2012年9月の日本政府による尖閣国有化以降、さらに事態は深刻化しました。

国有化に刺激されたように、尖閣諸島の周辺海域に台湾の漁船が頻繁に現れるようになり、毎日のように領海侵入する状態が続きました。

時には、日本の海上保安庁の巡視船と台湾の巡視船が放水合戦を繰り広げるといった事件も発生する事態となりました。

こうした尖閣を巡る争いで、台湾が中国と異なるのは、これまでたびたびトラブルを起こしていた主体が漁民であることからも分かる通り、領有権の主張よりも、こうした漁民らの漁業権を求める主張が大きいという点です。

そもそも、台湾にとっては、尖閣諸島の領有権よりも漁業権の問題が、漁民らの生活にかかわる切実な問題です。

台湾の漁民は、尖閣諸島の周辺海域は100年前からの「伝統的漁場」だと主張しています。

1895年に日本が台湾の統治を始めて以降、台湾の漁民は沖縄の漁民と共同で、尖閣諸島の海域で漁業を営んできました。

また、第二次大戦後、尖閣諸島がアメリカの施政下に置かれていた時代にも、台湾の漁民は自由にその海域で操業することができました。

ところが、1972年の沖縄返還により尖閣諸島もまた日本に返還されてからは、日本政府による取り締まりが強化され、尖閣周辺の領海から台湾の漁船は追い返されるようになったのです。

当時、日本と台湾の間には漁業協定がなかったため、日本の排他的経済水域内で操業する台湾の漁船は取り締まりの対象になっていたからです。

ようするに、台湾の主張は、尖閣諸島の近海が台湾の漁民の「伝統的漁場」だから、漁をさせてほしいといっているだけなのです。

 

日本・台湾の間で尖閣諸島周辺海域での漁業協定が2013年に調印

そこで、日本政府は紛争解決に向け、台湾漁民の不満を抑えるため、日本・台湾の間で漁業協定が2013年に調印されました。

下の図にその協定による漁業水域が記されています。

ピンクの線が日本が主張する中間線、青の線が台湾が主張する境界線です。

太い青の直線で囲った枠内が今回の協定による漁業水域で、日本・台湾双方の漁船が操業することが可能な区域となります。

尖閣諸島から12海里に台湾漁船が入ることは認めないが、尖閣諸島の領有権問題については両国共への帰属を認めず棚上げした。

この図からも分かるように、今回の協定により、尖閣諸島周辺の日本の排他的経済水域(EEZ)内での台湾漁船の操業を認めたことになります。

さらに言えば、台湾が主張する境界線をそのまま認めた形です。

尖閣諸島の南方石垣島方向では、台湾の主張する境界線よりも日本側へ入り込んでおり、ほぼ台湾の要求通りになったといえるでしょう。

この結果、台湾漁民の不満は解消され、協定を調印するまでの1年間には、日台間の海域でのトラブルは数10件にものぼっていましたが、調印後はほぼ0件にまで減ったということです。

 

尖閣諸島での漁業権の問題こそが日台関係を揺るがすもの

台湾では、もともと尖閣の領有権を強く主張する人々は少数派で、その主張を「民意」によって補強するために、漁民らの不満を利用してきたという側面があります。

そうした、尖閣領有に対する主張は、いわゆる「領土的ナショナリスト」を生み出す土壌を作ってきたともいえるでしょう。

日台漁業協定の調印で漁業権問題を解決したことによって、領有権の主張は大多数の民意の支えを失うことになったとはいえますが、そうした「領土的ナショナリスト」たちを満足させるものではありません。

記事の冒頭に記した蔡英文氏の発言は、こうした国内の強硬意見に気を配る意味があったのです。

さらに、台湾側としては、日中関係が尖閣諸島の問題で対立する中で、台湾の利益を守り可能なら台湾の立場を強化したいという狙いがあるようにも思われます。

尖閣諸島をめぐって、日中の主張は真っ向から対立しており、これが簡単に解決するとは考えにくいでしょう。

そうした中、台湾の馬英九総統は過去に、東シナ海の日・中・台問題において「ピースメーカー」となりたいと表明していますが、これは国際的に台湾の存在感を高めたいとの狙いがあるのです。

今後も、台湾としては経済的に依存を強める中国を敵に回すことはできません、したがって、日米と中国との間で微妙な均衡を保ちながら、自分たちの存在感を高めていく戦略をとっていくつもりなのです。

 

まとめ ~今後日本が取るべき対応は~

このように、台湾は尖閣諸島の領有権主張しつつも、その主たる目的は漁業権の確保でした。

だからこそ、尖閣諸島をめぐり中国と激しく対立している日本政府とって、日台関係がさらに悪化することは得策ではなく、早期の漁業協定の締結が必要とされました。

それまで、日台間で最大の関心事項であった尖閣周辺での漁業関連の争乱が大幅に減少したのです。

また、協定において、尖閣諸島の領海への漁船の操業を禁止しましたが、それは、日台双方によって実質的な領有権の主張が認められたということを意味しています。

それは、間接的に日本による尖閣諸島の実効支配を認めることに、事実上つながることとなるでしょう。

この漁業協定のように、たとえ領有権の存在を認めなくても、国際法に基づいて資源の共同開発には応じるということを、国際社会にアピールしていくべきでしょう。

なぜなら、日本と台湾は尖閣の領有権問題において、たしかに主張が食い違っていますが、お互いに平和的な手段を選択して協力することが可能だということを示すことができたのです。

これは、東シナ海のガス田の共同開発に合意しながら、それを反故にし、一方的に現状変更を試みる中国に対する大きな牽制となりうるでしょう。

 

希望日本研究所 第8研究室

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