2016.02.24 文化芸術振興

バイト敬語が日本語を滅ぼす!?尊敬語も謙譲語も丁寧語もメチャクチャ

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マニュアル化された『バイト敬語』が問題!正しい敬語を教えてもらう機会がない

目上の人への挨拶に「お疲れさま」を使うのはおかしい!

これはタモリ氏が常々言っていることです。
あなたはこれがなぜおかしいのか分かりますか?

このニュースはネットに載り、多くの人(特に年配の方)にシェアされました。

効率を図るべくマニュアル化してしまった『バイト敬語』に問題あり!?

最近、マニュアル化した間違った言葉遣いが横行しています。
その最たるが『バイト敬語』と言われている言葉です。

そしてこれにより、考えずに話す人や間違った敬語を使う人が増えてきているのです。

バイト敬語に限らず、「自分で考えること」を嫌うこの風潮は、繊細な日本の文化の継承に大きな障害となっています。

日本語は、相手への配慮をしめすために丁寧語や謙譲語を使います。

そして、丁寧語や謙譲語の使い手は、聞く人も使い方をマスターしているという前提で主語を省略してしまうこともあります。

また、時と場合によっては、相手への配慮にならないことも考慮して話をするのが前提です。
話すためには頭を使い、時と場所を考え、自然に相手に配慮することが必要なのは言うまでもありません。

それにも関わらず、アルバイトなどの接客がマニュアル化されていることによって、対応だけでなく言葉までセリフ化してしまい、変なバイト敬語が社会に定着しつつあります。

あなたも普段から目上の人に「お疲れ様」と使っていませんか?マニュアル化されるバイト敬語

半ば日本人の間では定型挨拶にもなっている「お疲れさま」は、会ったときや別れるときをはじめ、いつでも使える非常に便利でオールマイティーな言葉ではあります。

しかし、そもそも昔は目上の人が目下の人に対して「働いてくれてありがとう」という意味で使っていました。

そのため、従業員が社長に「お疲れさま」と言うということは、すなわち目上の人に「働いてくれてありがとう」と言うことになります。

同じ上下関係で、タモリ氏は子役に「お疲れさま」と言われることに対して違和感を覚えているというわけです。

では代わりに何と言えばよいのか?

それに代わる良い言葉が見つからないという事実が、使いやすいこの言葉が使われている理由かもしれません。

もっとも、この「お疲れさま」が本来の意味を超えて社会で成立してしまっているため、改めて疑問に思ったところで何も解決しないのが現実かもしれません。

だからと言って、思考停止は禁物です。

☑ 行動や場面と言葉とが合っていないことに違和感を覚えない
☑ 考えて話すことをしない

言葉のマニュアル化による問題は、何も言葉遣いだけではなく、習慣や思考まで疎かにしてしまいます。

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過剰に使われる謙譲語「~させていただく」の乱用と誤用

最近よく「~させていただく」という言葉をやたら使う人が増えています。

特に耳に残っているのが、若いアイドルが「アイドルをやらせてもらっています」という自己紹介をしたり、はたまた一流企業でさえも「新商品を発売させていただきます」という会見をしたり、違和感を覚えざるを得ません。

☑ 本当に(過剰に)へりくだっている
☑ そもそも敬語の使い方が分かっていない

これのどちらにしろ、へりくだり方も言葉の使い方も非常に不自然です。

ところで、よくよく考えると「(させて)いただく」を使うには2つの点を考える必要があります。

間違った謙譲語① 「お待ちいただけますか?」

これには大きな間違いがあります。

「(させて)いただく」は自分の行動を示す「する」の謙譲語なので、相手の行動に使うことは正しくありません。
「待つ」行為をするのは相手なので、「お待ちくださいませんか?」「お待ちくださいませんでしょうか?」となります。

間違った謙譲語② 「電話をさせていただく」

確かに電話するのは話し相手で、こちらがへりくだって謙譲語を使うという点では間違いありません。

しかし、「電話をさせていただく」 は相手の都合を考えずに「電話をするので了承するように!」と言っているのと同じなので、言葉は丁寧でも、態度は相手を強制することにもなりかねません。

状況によって相手に負担になる場合もあるので、むしろ慇懃無礼だと思われても仕方がありません。

ついやってしまいがち!ビジネス敬語でも浸透している過剰な丁寧語

これも自然に使われていますが、『名前』は明らかな二重敬語であり、使い方としては間違っています。

無難に「お名前をうかがえますか?」程度が良いのではないでしょうか。
とは言え、ついつい「もう一度お名前様を・・・」と言ってしまいがちですし、相手も気にしないのが現実です。

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一万円からのお預かりでよろしかったでしょうか?間違いだらけの敬語

自然に聞き流すこともできるのですが、これも不思議なバイト敬語です。

まず前半の「一万円から」の部分ですが、この『から』が何かを説明できる方はいらっしゃいますか?

例えば商品が8千円だとして、店が請求する8千円に対して客が1万円を出した場合、店側が「1万円のうちから8千円を頂戴しますので、まずは一旦丸ごと1万円をお預かりします」ということでしょうか。

何だか無理やり考えていたら頭が痛くなってきました。

そして後半の「お預かりでよろしかったでしょうか」の部分ですが、なぜ過去形を使うのでしょうか?
確かに客が金を渡したあとに店員が受け取った額を確認するわけですから、時間軸で見れば間違ってはいません。

しかし、その時間はわずか数秒で、そんな直前の出来事をわざわざご丁寧に過去形で表現することは、決して律儀とは言えません。

いずれも、この間違った使い方が全国的に半ば一般的に使われるようになってしまった経緯が気になります。
なぜ/いつからこうなってしまったのか、実に不思議です。

どなた様かご存知の方はいらっしゃいましたでしょうか?
もしいらっしゃるようであれば、ご教示いただいてもよろしかったでしょうか?
御礼もさせていただきたいと考えさせていますので、その際はお名前様も・・・

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ついつい使ってしまいがちな丁寧語「~っす」はライトな敬語?

よく運動部で聞くイメージの「っす」という語尾があります。
例えば、先輩が「君は何年生?」と質問すると、下級生は「今年2年っす」などと回答します。

これは実は丁寧語「です」の略語っす。

さすがにこれだけ略してしまうと丁寧ではありません。
そしてまた、運動部に限らず、学生どころか大人の社会でさえも「そうっすか?」などと普通に耳にしますし、何なら自分でも無意識に多用しがちです。

もはや「正しい言葉遣い」とは別の次元での「言葉の進化」かもしれません。

 

バイト敬語の理由はコレ!思考停止させるほど恐ろしいマニュアルとは?

日本文化レベルの低下!変なバイト敬語を直せる大人がいなくなったのが原因?

昔は、きちんとした日本語を話す大人がたくさんいて、変な言い回しをすると「(日本人として、無知で)はずかしい!」などと直してもらえました。

しかし、戦後教育を受けた団塊の世代でさえも、既に言葉は乱れてしまい、これから本当に注意できる人はどんどん少なくなりそうです。

学校の先生自身が「ら抜き言葉」を使う時代なのですから、無理もありません。

食べられる、見られる、出られる・・・
英語のCANの意味合いは「られる」なのですが、すでに「ら抜き」言葉が市民権を得つつあります。

効率化重視社会?間違ったマニュアルでバイト敬語を教育される機会が多くなった

大人が変な敬語を直せなくなったことに加え、間違ったバイトマニュアルが蔓延していることも大きな問題です。

ファーストフード店やコールセンターだけでなく、書籍として売っている敬語の本にも驚くほど多くの敬語の誤用が記載されています。
少なくとも出版社チェックしないのでしょうか?

バイト敬語は、効率的に社員教育するために、対応だけでなく言葉遣いまでマニュアル化してしまった結果なのです。

高い人件費を払った上に、言葉遣いの人材教育までできないという企業の懐事情もあるのでしょう。

もう耳は慣れてしまった!?変な敬語を話していても/聞いていても自分で変だと思わない

一番の問題はココかもしれません。

ちゃんとした日本語を読んでいれば、普通は「変な敬語」に違和感を覚えるはずです。

それにも関わらず全く違和感がないのは、古典を読む人が、むしろ本そのものを読む人がいなくなったからではないでしょうか?

普通の学生生活では、自身が遭遇できる社会的な体験には限界があります。

しかし、読書を通して様々な社会の疑似体験を行い、どの場面でどのような言葉遣が適当かを学ぶことができるのです。

例えば「骨董品を見る目」を例に挙げてみます。

今でこそ骨董屋は少なくなってしまいましたが、骨董屋で若者を育てるためには特別な方法がとられていました。

修行として、とにかく名品と言われるものを何日もだた見続けることを課します。
しばらくすると、今度は良くできた二流品に取り換えます。

このとき、何か変だぞ?!と感じる訓練をするそうです。

骨董屋は本物と偽物を見分ける力が無くては損をしてしまうためため、「目が効く(本物・偽物を見分ける)」ことが必要です。
そのために、まずは知識よりも経験が重視されてきました。

当然その後は美術品に対する知識を学びますが、まずは良いものを見る経験が大切なのです。

どうでしょう、読書と言葉遣いについても同じようなことが言えませんか?

 

バイト敬語を生んだ社会の責任は?日本の文化継承の大きな障害になりかねない

時代によって言葉が変わることは仕方のないことですし、話言葉ならなおさらです。

しかし、文化は言葉を解して伝承されていきます。
文字と言葉が無ければ民族の文化は継承することができないのです。

そのため、多くの単語といくつかの言い回しは、自分自身で学ばなければなりません。

戦後の日本は、世界にもまれな平等な社会を築き、驚くような発展を遂げました。
しかし、その途中で非効率な文化的なものは、簡易なレベル・最低限のレベルで良いということになってしまったことも否めません。

☑ 発展した文化
☑ 犠牲にしてきた文化

例えば、ゆとり教育では円周率(3.14)を3で良いという解釈に見られるように、「ら抜き言葉」に寛容です。

そしてそれは、美しい日本語で話すことの価値を認めなくなったとも言えるのではないでしょうか。

戦前や江戸時代、それ以前も、言葉はその人の受けてきた教育や教養、時代によっては身分を明らかに反映するものとの認識がありました。

貧富の格差の明確な海外では、それが良いというわけではありませんが、支配階級と労働者では、その言葉遣い明確に違うといわれています。
そして、言葉に付随する文化は大切に継承されています。

バイト敬語は、日本の文化継承問題の一側面でしかありません。
それは、文化的に低い位置で平等な社会になったことを表しているとも言えるのではないでしょうか。

もっと言ってしまえば、この諸悪の根源はバイト敬語を生んでしまった社会に他ならないのかもしれません。

最後まで読んでいただけた方へ

お疲れさまでした。
内容はこんな感じでよろしかったでしょうか?
また何か書かせていただきますので、その際は読んでいただければ幸甚に存じ申し上げます。

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