2015.12.05 領土問題

尖閣諸島の領有権問題をわかりやすく整理! ~現在までの経緯と論点のまとめ~

7
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

尖閣諸島の領有権をめぐって

2012 年8月 15 日の香港の活動家たちを乗せた船が沖縄県の尖閣諸島の領海内に侵入し、海上保安庁の巡視船を振り切って、魚釣島に不法に上陸するという事件が発生しました。

この事件はニュースでも大きく取り上げられ、活動家たちの魚釣島上陸やその後の処分をめぐり、日本政府の対応について不満の声が多くあげられました。

さらに、その年の9月 11 日に日本政府が尖閣諸島の魚釣島、北小島、南小島の三島を購入し国有化したことに対して、中国では主権の侵犯であるなどとして激しい反発が起こりました。

その後、現在に至るまで中国の漁業監視船などの軽武装船が、尖閣諸島の領海内に相次いで侵入しています。

「尖閣諸島が日本固有の領土であることは歴史的にも国際法上も明らかであり、現に我が国はこれを有効に支配している。したがって、尖閣諸島をめぐって解決しな ければならない領有権の問題はそもそも存在しない」

これが、尖閣諸島の領有権問題に対する、日本政府の一貫した基本的な立場です。

その一方で、 特に中国は尖閣諸島の領有権を強く主張し、日本との間で尖閣諸島の領有をめぐって対立、いま現在も、日中間に摩擦を生じさせています。

そこで、今回は、尖閣諸島をめぐる問題について、その問題の経緯と現状をわかりやすく解説していきます。

わたしたちが今後、領土の保全や外交に関しての課題を考えるときの参考になれば、と考えています。

 

尖閣諸島とは

尖閣諸島は東シナ海の南西部にある島々で、魚釣島、北小島、南小島、久場島、大正島の5つの島と、いくつかの岩礁などで構成されている島々です。

そのうち、一番大きい魚釣島は沖縄本島から 西へ410km、石垣島から北北西へ170km、台湾からは150km、中国大陸からは 330kmの距離に位置しています。

img01  img02

中国では尖閣諸島に対して、魚釣島を「釣魚島」、尖閣諸島全体を「釣魚群島」などと呼称しており、また、台湾では魚釣島を「釣魚台」、尖閣諸島全体を「釣魚台列嶼」などと呼んでいます。

尖閣諸島は沖縄県石垣市に属し、魚釣島の地番(住所)は石垣市字登野城2392番になりますが、現在、尖閣諸島に人は住んでいません。

5つの島の内、私有地であった魚釣島、北小島、南小島の3つの島については、2002年4月以降、「尖閣諸島の平穏かつ安定的な維持及び管理」を目的として、日本政府が権利者から賃借して管理を行っていました。

その後、実行支配を確固たるものにするため、東京都による購入計画がすすめられましが、中国政府との関係の悪化を回避するため、2012年9月11日に日本政府がそれらの島々を購入し国有地となりました。

 

尖閣諸島の領有権をめぐる歴史的経緯

次に、尖閣諸島の歴史をその領有権の所在を中心にまとめてみます。

 

日本への編入〜第二次世界大戦

日本政府は1885年以降、尖閣諸島とその周辺海域の現地調査を何度も行い、無人島であるだけでなく、清国(当時の中国)を含むいずれの国の支配も及んでいない島々であることを慎重に確認しました。

そして、1895年1月14日、現地に「標杭」を立てる閣議決定を行って、正式に日本の領土に編入しました。

この行為は、 国際法で認められた「先占」という領有権取得の方式に合致したものであると日本政府は主張しています。

1896年には沖縄に郡制が施かれ、魚釣島と久場島は八重山郡に編入され地番が設定されました。

その年の9月、日本政府は魚釣島、久場島、北小島及び南小島を30年間無償で実業家の古賀辰四郎氏に貸与しています。

古賀氏は尖閣諸島において、アホウドリの羽毛の採取、鰹漁業、鰹節の製造などの事業を経営し、最盛期の1909年には248人(戸数99)の日本人が居住していました。

その後、1932年にはそれらの島々を古賀辰四郎氏の子である古賀善次氏に売却して、古賀氏の私有地となりました。

ただ、1940年頃に古賀善次氏はそこでの事業から撤退し、居住していた人々も続々と退去し、同諸島は再び無人島となってしまいました。

第二次世界大戦前は、このように政府による島の利用許可にもとづいて民間の事業活動が行われていたのです。

また、そのほかにも国や沖縄県によって資源や地形の調査なども行われており、尖閣諸島に対しての日本の有効な支配は継続していました。

 

アメリカの施政下〜日本への返還

第二次世界大戦後は、尖閣諸島を含む南西諸島全域はアメリカ軍の管理下に置かれました。

サンフランシスコ平和条約に基づき1952年4月に日本が独立を回復した後も、同条約第三条により、尖閣諸島を含む北緯29度以南の南西諸島は引き続きアメリカの支配下に置かれることになりました。

その後、1971年6月に日米間で調印された沖縄返還協定に基づき、翌1972年5月には沖縄 の一部として尖閣諸島の施政権も日本に返還されています。

私有地は久場島だけですが、日本政府は沖縄返還時から同島を賃借しており、国有地である大正島とともににそれぞれアメリカ軍へ提供し、「黄尾嶼射爆撃場」・「赤尾嶼射爆撃場」として使用されています。

なお、日本政府は1972年の沖縄返還以降も、尖閣諸島において以下のような活動を行っています。

  1. 領海内で違法操業を行う外国漁船の取締り
  2. 土地所有者による固定資産税の納付(久場島)
  3. 国有地としての管理
  4. 政府及び沖縄県による調査
  5. 環境庁によるアホウドリ調査
  6. 沖縄県による漁場調査

これらをもって、日本政府は尖閣諸島の支配が有効に継続しているとしています。

 

尖閣諸島の現在

1990年代以降、中国は海洋戦略を推進してきており、1992年には「領海法」を制定し、その中で尖閣諸島が中国の領土であると初めて明文で規定されました。

さらに、1996年7月、日本の政治団体が尖閣諸島の北小島に灯台を建設すると、それに対して「保釣運動」という名の抗議運動が台湾・香港等で高まり、それ以降、尖閣諸島の領有権を主張して実力行使が度々行われるようになりました。

初めのうちは、領海侵犯や不法上陸などの実力行使は、活動家・政治運動家によるものでしたが、近年になると、新たな展開として中国の公船による領海侵入が度々行われるようになりました。

そうした動きを受けて、日本政府は「尖閣諸島の平穏かつ安定的な維持及び管理」を目的に、2002年4月、魚釣島・北小島・南小島を地権者から賃借して直接管理を行うことにしました。

また、日本政府は原則として尖閣諸島への政府関係者以外の上陸を認めないとの方針を示しました。

その理由としては、先の日本の政治団体の尖閣上陸が結果として中国・台湾の反日感情を刺激したことを鑑み、尖閣諸島の「平穏かつ安定的な維持および管理」という政府の貸借の目的に沿ったものであると説明しています。

その後、2012年には、石原東京都知事(当時)が尖閣諸島の管理の在り方を見直すため、魚釣島を含む3島を東京都が購入する方針を表明、同時に国も魚釣島等の購入の検討を開始、 結果として尖閣諸島の魚釣島・北小島・南小島の3島は東京都ではなく国が購入することとなりました。

こうした日本側の動きに対して、中国政府は尖閣諸島の「国有化」は中国の領土主権の侵犯であり「断固反対する」との声明を発表しました。

それにともない、中国国内において反日感情が激化し、日系企業に対する破壊・略奪行為や暴行事件などにまで発展した反日デモが発生しています。

その後も、現在に至るまで、中国の公船が尖閣諸島の領海内に侵入する事態が頻繁に発生し、緊迫度は日に日に増しているといった状態です。

 

中国・台湾による領有権の主張

1970年代に入るまで、こうした日本による尖閣諸島の領有に対して、他国から公式に異議の声が上がりませんでした。

しかし、1968年、国連アジア極東経済委員会によって東シナ海域一帯の海洋調査が実施され、尖閣諸島周辺を含む同海域の海底には、石油・ガス田が存在する可能性が高いことが明らかとなりました。

それにより、同海域の資源が注目を集め、1970年後半以降、 その途端に中国と台湾から尖閣諸島は「古くからの領土」であったとの主張が行われるようになりました。

1971年6月に台湾から、その年12月には中国から相次いで尖閣諸島に対する領有権の主張を外交部声明という形で公式表明しました。

1971年6月の台湾の外交部声明では、尖閣諸島は台湾省に付属する中華民国の領土の一部であり、尖閣諸島がアメリカから日本に移管されることに抗議し、アメリカの管理が終結した際には、本来、中華民国に返還されるべきものであると主張しました。

また、1971年12月の中国の外交部声明では、以下のような主張をしています。

 

(1)尖閣諸島は明の時代には倭寇に対する明朝の海上防衛区域内に入っており、当時の琉球の一部ではなく中国の台湾の付属島嶼であった

(2)1895年4月、日本政府は当時の清朝政府に圧力をかけ、台湾とそのすべての付属島嶼及び澎湖列島の割譲という不平等条約(下関条約)に調印させて、それらを強引に掠め取った

(3)第二次世界大戦後に台湾の付属島嶼である尖閣諸島の施政権を、日本がアメリカに渡したことは不法であり、それによりアメリカが施政権を有していると宣言したことも不法である

(4)日米両国政府が沖縄返還協定を結び、中国の一部である台湾に付属する島嶼の尖閣諸島を、日本への返還区域のなかに組み入れたことは不法である

(5)中国人民は台湾を必ず解放する、そして、尖閣諸島などの台湾に付属する島嶼も必ず回復する

 

その後、1972年9月に「日中共同声明」が調印され、日本と中国との間の国交は正常化しましたが、その共同声明の中では尖閣諸島に関して触れていませんでした。

1978年10月、日中平和友好条約のために来日した中国の鄧小平副総理(当時)は、記者会見の席で尖閣諸島の問題については以下のような「棚上げ」があったことを公表しました。

「国交正常化の際、双方はこれに触れないと約束した。今回、平和友好条約交渉の際も同じくこの問題に触れないことで一致した。こういう問題は一時棚上げしても構わないと思う。我々の世代の人間は知恵が足りない。次の世代は我々よりももっと知恵があろう。その時はみんなが受け入れられるいい解決を見いだせるだろう」

このように、中国政府は尖閣問題は「棚上げ」にすることの約束が交わされたと主張してますが、日本政府は「日中間に解決すべき領有権問題は存在しない」として、「棚上げの約束は存在しない」と否定してます。

なお、近年、台湾は尖閣諸島の主権問題に対する態度を軟化して、尖閣諸島の周辺海域を共同で開発することなどを提案しています。

 

尖閣諸島に関する日本政府の立場

「尖閣諸島が日本固有の領土であることは歴史的にも国際法上も明らかであり、現に我が国はこれを有効に支配している。したがって、尖閣諸島をめぐって解決しなければならない領有権の問題は そもそも存在しない」

というのが、日本政府尖閣諸島の領有権に関するの基本的な立場です。

その上で、中国・台湾の領有権の主張に対しては、「従来、中国政府及び台湾当局がいわゆる歴史的、地理的、地質的根拠等として挙げている諸点は、いずれも尖閣諸島に対する中国の領有権の主張を裏付けるに足る国際法上有効な論拠とは言えない」としています。

その根拠として、以下の4点を主張しています。

 

(1)日本は1885年以降、再三にわたり現地調査を行い、尖閣諸島が単に無人島であるだけでなく清国を含むどの国の支配も及んでいないことを慎重に確認した上で、1895年に沖縄県への編入を行った

(2)日本が尖閣諸島を領土に編入したのは1895年1月の閣議においてであり、尖閣諸島の領有は日清戦争の講和の結果(下関条約)とは関係がない

(3)尖閣諸島は南西諸島の一部を構成するものであり、台湾とその付属島嶼には含まれないため、サンフランシスコ平和条約第二条によって領有権を放棄した領土ではない、同条約第三条によって、南西諸島の一部として米国の施政下に置かれ、沖縄返還協定によって日本に施政権が返還された地域である

(4)中国、台湾が尖閣諸島を中国の領土と考えていなかったことは、戦後、サンフランシスコ平和条約に基づき米国の施政下に置かれた地域に尖閣諸島が含まれていた事実に対し、何ら異議を唱えなかったことからも明らかであり、中国も台湾も1970年後半に東シナ海の石油開発の動きが表面化したことによって初めて主張した

 

さらに、日本政府は、中国や台湾が1970年以降尖閣諸島は元々中国の領土であったとする種々の歴史資料を示しているが、それらの資料は、その当時の中国が尖閣諸島を領有していたことを立証するのに十分なものとは言えないと主張します。

また、中国及び台湾が領有権を主張し始める以前に、自ら尖閣諸島を「日本領である」と認めていたことの証拠も示しています。

  • 中華民国駐長崎領事から、尖閣諸島沖で遭難した福建省の漁民を救助した際に出された感謝状に「日本帝国沖縄県八重山郡尖閣列島」と記載(1920年5月)
感謝状

感謝状

  • 人民日報記事「琉球諸島における人々の米国占領反対の戦い」に琉球諸島は「尖閣諸島を含む7つの島嶼からなる」と記載(1953年1月8日 )
  • 中国で発行された「中国世界地図集」に、尖閣諸島が「沖縄に属する」と記載(1960年)

 

尖閣諸島に関するアメリカの立場

問題が表面化した1970年当初は、尖閣諸島に関する領有権の問題に関して、アメリカは「主権の所在について対立がある場合は、関係当事者間で解決されるべき事柄」としていました。

その後もアメリカは、この問題ついては「関係当事者間の平和的な解決を期待する」との中立的な立場を示してきており、現在のオバマ政権の下でも同様の見解です。

lgf01a201403292200

その一方で、「尖閣諸島は1972年の沖縄返還以来、日本の施政下にあり、日米安保条約第五条は日本の施政下にある領域に適用される」と表明しており、尖閣諸島が第三国に攻撃された場合、日米安保条約第五条にのっとり日米が共同で防衛に当たることを、アメリカは明言しています。

尖閣諸島が日米安保条約の適用範囲であることについては、2010年9月23日の日米外相会談において、あらためてクリントン国務長官が表明しています。

さらに、日本が尖閣諸島を国有化し日中関係が緊迫化した後も、アメリカの高官からは繰り返し同様の趣旨の発言がされています。

 

尖閣諸島の領有権問題に関して今後の課題

領土問題は存在しないという日本政府の一貫した姿勢にもかかわらず、近年、中国、台湾の領有権の主張は強まり、尖閣諸島をめ ぐる対立が日本と中国・台湾との関係に摩擦を生じさせる事案が幾度となく発生しています。

それでは、日本が尖閣諸島の領有をしっかりと保持していくうえで、今後、日本が解決すべき課題を考えていきましょう。

 

尖閣諸島の管理の在り方を見直す

日本政府は、2012年9月に尖閣諸島の魚釣島等を購入して国有地としたが、その具体的な管理方法については様々な批判がなされています。

当時の野田内閣は、魚釣島等の国有化は「尖閣諸島の平穏かつ安定的な維持・管理」のためのもので「何ら大きな現状変更を伴うものではない」としており、政府関係者以外の上陸を認めないというこれまでの方針を継続することを示しました。

しかし、自国の領有権を外に向けて明らかにすることは、国際社会においてはごくごく自明の基本で、日本の領土主権を守るためには海上保安庁や自衛隊を常駐させ実効支配を強化することが必要なのです。

実際、石原都知事(当時)も、尖閣諸島に対する日本の支配をより確実なものとするため、監視所や観測所などの施設を建設することを政府側に提案していました。

日本政府は尖閣諸島に関しては、「いたずらに中国を刺激しないため」という名目でわたしたち日本国民の接近や上陸でさえ禁止しています。

しかし、これまでの経緯をみてもわかる通り、日本がいかに「刺激しない」ための温和な対応を取っても、中国側は尖閣諸島を自国領土だとする主張を弱めはせず、逆にその主張を強めてきたのです。

だとすれば、宥和的な対策は捨てて、日本の尖閣諸島の領有ををはっきりと態度で示すために、実効支配を強化していくことが肝心です。

そういう意味で、政府による尖閣諸島の管理のあり方があらためて問われているのです。

 

尖閣諸島防衛に向けての態勢を整える

近年、中国・台湾の公船や漁船による尖閣諸島周辺の領海侵入事案が頻発しており、 日本の尖閣諸島への「実行支配」を確固たるものにするためには、警備体制の強化が課題となっています。

現在、漁船や巡視船といった船が日本の領海内において特に害のない通航を行った場合には、それを包括的に厳しく取り締まることのできる法律がありません。

そのためには、法制面での整備が必要です。

さらに、そういった領海侵犯を繰り返す中国船の中には、軽武装をしているものも見られ、海上保安庁の船では乗組員の生命・身体に危険が及ぶ可能性もあります。

そのために、自衛隊が平時においても通常任務として領海警備を実施できるように、自衛隊法の改正を行うべきであると思われます。

ここ数年、中国は公表されているデータでも、ほぼ毎年10%を上回る国防費の増額を続けており、その軍事力をもとに強引な海洋進出を進めています。

拡大政策を続ける中国にとっては、相手が妥協したからといって、自らも妥協するという発想はありません。

現実に中国は、自国が主権を訴える外国統治の領土に対しては、軍事力を容易に行使してきました。

であればこそ、尖閣諸島の防衛に向けて、自衛隊の人員・装備・態勢を充実させ、防衛のための軍事力を強く保たねばならないのです。

それが、中国からの軍事攻撃を抑えるための抑止力となるのです。

 

対外広報の戦略強化を

政府はこれまで「領土問題は存在しない」という基本的立場から、尖閣諸島の領有権に対して積極的な対外発信は控えてきました。

ですが、今年(2015年)になって政府は、尖閣諸島に関する行政文書などの資料をデータベース化し、尖閣諸島に戦前から日本の施政権が及んでいたことを示す資料を、内閣官房のWebサイトで公開開始しました。

中国が国連などの場で尖閣諸島の領有権の主張を強めていることを受け、尖閣諸島の日本領有の根拠や中国の不当な行為について、政府として国際的な広報活動を強化していく方針に切り替えたものと思われます。

スクリーンショット 2015-11-14 19.08.32

中国の動きに対抗するには、日本の立場を広く訴え理解を求めることが必要であり、日本にある外国の大使館を通じて各国に広報活動をするなど、さらに具体的な取組が求められています。

一方、政府は「尖閣諸島は我が国が有効に支配しており、解決すべき領土問題は存在していないので、現時点では国際司法機関で争う必要はない」との見解を示していますが、国際司法裁判所を利用して自らの領有権と中国の主張の不当性を強く訴えていくべきです。

日本が、その不当性を国際的な場で指摘することは、現在、一番の国際的な問題は中国の拡大主義であるとアピールすることになります。

南シナ海で現実に中国の侵略の被害を受けているフィリピンやベトナムとの連携し、中国の不当な侵略行為を共同して対外的に宣伝することが重要なのです。

 

拡大政策を続ける中国から尖閣諸島を守るために

中国の外交方針は「韜光養晦(とうこうようかい)」という言葉に沿っているといわれています。

「国力が整わないうちは国際社会で目立つことをせず、じっくりと力を蓄えておく」という意味で、過去の鄧小平の言葉がもとになったとされています。

1990年代には、この考え方に基づく国際協調の外交が続いてきました。

しかし、2008年には北京五輪を成功させ、リーマン・ショック後、先進国の経済停滞が深刻化する中、中国経済は相対的には順調に成長を遂げてきました。

さらに、2010年に はGDPで日本を抜き、世界第二位の経済大国になったということで、大国としての自信をつけた中国は、領土面においてもさらなる拡大政策を推し進めていくでしょう。

このように、自己主張を強め領土問題においては決して妥協しない中国に対して、日本が今後どのように自国の領土を防衛していくべきか。

日本人が守るべき自国の歴史や領土を守るために何をすべきか、私たち一人一人が目を背けずに考えなければならないのです。

 

※ 希望日本研究所 第8研究室

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

領土問題関連記事

領土問題関連記事をすべて見る